定例会を終え、会社へ戻る車の中。
いつの間にか雨は止んでいた。

けれど空には、
黙々と立ち上る煙のような雲が
みっしりと広がっている。
今日はきっと、降ったり止んだりを
繰り返すのだろう。

車の窓から、その空を魅る。
私の心には、
今朝、不滅の灯からいただいた
小さな炎がともっていた。
――まだ、ともっている。
そう思って、すぐに言い直した。
「まだ」ではない。
不滅の灯なのだから、
この炎はずっとずっと消えずに
ともっているのだ。

そう思った瞬間、
歩き終えた後に魅た、
私の小さな空を思い出した。

そこにも確かに、
あの炎の余韻が広がっていた。
今頃になって思い出すなんて、
よほど朝は慌ただしかったのだろう。

ピンクの花に魅せられ、
時間に追われ、
朝ごはんを作り、
おまけに小さなやけどまでした。
今はもう、その慌ただしさが少し遠くにある。

今日は定例会のあと、
すぐ次の会議へ飛び込まなくていい。
何時までに帰らなければならないという
縛りもない。
それだけで、
心まで時間から解き放たれたようだった。

すると心は、
勝手にあちらこちらへ旅を始める。
午後には横浜へ向かう。
けれど、4日間こちらの暮らしの中にいると、
もう1日だけここにいたいという
気持ちが湧いてきた。
家族と離れるのも、少し寂しい。

今日は特にご予約もない。
お店に「1日延ばします」とメールをすれば、
それで済む。
送ってしまおうか。
一瞬そう思った。
けれど、やめた。
今日を明日に延ばしたら、
明日になってまた「もう1日」と
言うかもしれない。

私は昔から、
自分の中に一本の線を引いて生きてきた。
ここまではいい。
ここから先はいけない。
その線を自分が越えることを許さなかったし、
時には他人が越えることさえ許さなかった。

だから昔からよく言われた。
「普段はニコニコしているけれど、
怒らせたら怖い」
そういえば昨日も、
長いお付き合いの方々から言われた。
仕事はできる。
愛嬌もある。
笑顔もかわいい。
そこまで褒められて、
なんだか持ち上げられているような
気分になったところで、
最後のひと言。
「でも、怒らせたら怖い」
みんなで笑った。
私も笑って答えた。

「私はパトリオットみたいなものなんです。
打ってきたものを迎え撃つだけ。
打ってこなかったら、
いつもニコニコ笑っていますよ」
車の中でそれを思い出し、
また少し笑った。

けれど今、その昔から引いてきた一本の線を、
少し違った気持ちで魅ている自分がいる。
線を消す必要はない。
私が長い年月をかけて築いてきた
基礎まで壊す必要もない。
ただ、基礎の上に立つ建物は、
もう少し揺れてもいいのではないだろうか。

風が吹けば、しなやかに揺れる。
揺れたあと、また自分の場所へ戻ってくる。
そんな弾力を持っていてもいい。

最近、風さんと話していると、
過ぎ去った時間が
不思議なくらい次々と蘇ってくる。
嬉しかったこと。
楽しかったこと。

そして、
本当なら忘れてしまいたかったはずのことまで。苦しかったこと。
恨んだこと。
怒ったこと。

消えたわけではない。
今もその感情のかけらは、
きっとどこかに残っている。
それなのに、蘇ってくる記憶は
以前より少しなめらかになっている。
尖っていた角が、
長い年月と、言葉にする時間によって、
少しずつ丸くなっていくように。

過去を書き換えているわけではない。
過去を消しているわけでもない。
ただ、今の私がもう一度そこを訪ねている。
まるで観光客のように。
「ああ、こんなところも歩いてきたんだ」
そう言いながら、
昔の自分が立っていた場所を、
今の自分がゆっくり見て回っている。

そしてまた現在へ戻ってくる。
車窓の向こうには、まだ分厚い雲。
心の中には、不滅の灯。
午後には横浜へ向かう。
その前にデスクを整えよう。
横浜ステイの準備をしよう。
そして、せっかく
心にこんな余白が生まれたのだから、
10月のスケジュールも少しまとめてしまおう。

過去を旅していた心が、
今度は未来へ向かって地図を広げ始める。
昔の私は、
動かない線を引いて自分を守ってきた。
これからは、その線を持ったまま、
少ししなやかに生きてみてもいい。
揺れてもいい。
寄り道してもいい。
懐かしい場所へ戻ってもいい。

それでも私の中には、
帰ってこられる基礎がある。
そしてその場所には今日も、
不滅の灯からいただいた小さな炎が、
静かに、消えることなくともっている。