海へ近づくにつれ、
風が強くなり、
空が大きく広がった。

ああ、この広々とした感覚。
いいなあ。
あちらで歩いていたのは、
曲がってはまた曲がる道だった。
先の見えない角をひたすら辿りながら、
まるで修行僧のように自分の心を探っていた。

けれど横浜の道は広く、まっすぐだ。
その先には大きな空がある。
あの曲がり道で時を重ねてきた私の心が、
ここへ戻って、
扉をいっぱいに開いたような気がした。

新港中央広場では、
雨に濡れたひまわりとサルスベリが
「おかえり」と迎えてくれた。

傘を打つ雨音に耳を澄ませる。
水たまりには一滴、
また一滴。
そこから幾重もの波紋が生まれ、広がっていく。
心に感動が広がるって、こんな感じなのかな。

早朝に見た、小さなぼんぼりのような光。
それらは心の余白をいっぱいにしたけれど、
消えたのではない。
一つずつ波紋のように心の奥へ染み込み、
私の一部になっていく。
そしてまた、
新しい感動を迎える余白が生まれる。

雨に打たれ、風に揺さぶられながら、
それでもすっと立つ木にも心を重ねた。
雨にも負けず、風にも負けず。
私もこんなふうに立っていたい。

5日ぶりの海は荒れていた。
波が次々と顔を上げ、
「おかえり」
「また来たのね」と迎えてくれる。

海から吹きつける強い風まで、
たくさんの風さんを連れて
私を歓迎しているようだった。

湖の水面を魅るのが昔から好きだった。
水に映るものを眺めていると、
その姿だけでなく、
心の奥まで覗いているような気がした。

水はそこに佇みながら、
人々の長い時間と息遣いを魅つめてきた。
ならば、この大きな海は
いったいどれほどの物語を魅てきたのだろう。

大さん橋へ着くころ、
雨も風もさらに強くなった。
私は傘を真正面に構え、一直線の道を歩く。
もう、ただまっすぐ歩けばいい。
ここも私のサンクチュアリーなのだと思った。

穏やかな場所だからではない。
強い風も、激しい雨も、
そのまま受け止められる
自分に戻れる場所だから。

今日は荒れる一日になるかもしれない。
それでもいい。
雨も、風も、心に落ちる一滴も、
すべて受け止めながら歩いていこう。

さあ、今日という一日の物語が始まる。
この雨の先に、
どんな私が待っているのだろう。