結局、
洗濯物が出来上がったのはぎりぎりだった。

一瞬、時短コースにしようかとも思った。
でも、せっかくならきれいに洗いたい。
一日の汚れをきちんと落として、
仕事から帰ったときには
爽やかな柔らかな香りに包まれたい。

慌てて干し終え、9時30分に部屋を出た。
少し慌ただしかったけれど、
ここまでは予定通り。

今日はアイブローサロンと
フェイシャルエステへ行く。

そういえば前回、
予約が取れていないと思い込み、
のんびり歩いていた私に
お店から電話がかかってきた。
「今日はお見えにならないんですか?」
えっ。
お店で直接取った予約は、
アプリには反映されないらしい。

あの日の少し恥ずかしい失敗のおかげで、
今ではそのルールもしっかり頭に入った。
人はこんなふうに、
一つずつ覚えていくのかもしれない。

今朝は雨の横浜を歩いた。
雨粒、
水たまりに広がる波紋、
海へ寄せる波。そこから私は、

ずっと心のどこかにあった
「水のように生きたい」という思いを
もう一度拾った。

見ること。
聞くこと。
感じること。
目を開き、耳を澄ませていれば、
今の風景が昔の記憶を呼び起こす。
そして過去と現在が結びついたとき、
古い記憶まで新しい意味を持って、
もう一度心へ戻ってくる。

私は最近、この営みがとても好きだ。
拾ったものを言葉にすると、
心の中にある
「言葉の倉庫」
「表現の倉庫」の扉が一斉に開く。
そこから飛び出した言葉を文章にし、
その文章からまた新しいものを
自分へ取り込んでいく。

そうやって言葉を磨き、
表現を磨きながら、
きっと私自身も少しずつ磨かれている。

水の流れの中で、
ごつごつした石の角が少しずつ取れ、
丸く、なめらかになっていくように。

ふと、電車が通り過ぎるのを見ながら
笑ってしまった。

私は今朝、自分の内なるものを磨いてきた。
そして今から、外から見える私を磨きに行く。

2週間前に予約を勘違いしたことも、
もしかしたら今日へ流れ着くための
小さな寄り道だったのかもしれない。

今朝、
水は私に忘れていた生き方を
思い出させてくれた。
心を澄ませ、内側を磨いた、

その続き。

さあ、今度は顔を磨きに行こう。
鏡の中に現れる私が、
なんだか今から楽しみになってきた。