お客様とお別れして、次のホテルへ向かった。

その途中、
ホテルのお菓子コーナーから
少しいただいてきた、
パンダの可愛い個包装のクッキーを
バクバクと食べていた。
愛らしいパンダの笑顔みたいに、
甘くて、どこか可愛らしい味がした。

時刻を確認すると、
走らなくても、
どうにかギリギリ間に合いそうだった。

それにしても、今日は風がとても気持ちいい。
私の町では、
横浜ステイの準備をしていた頃までは、
猛暑が続いていた。
だから9日間分として持ってきた
ブラウス9着は、
よく考えると全部ノースリーブか
フレンチスリーブだった。

少し涼しいくらいなら、
素肌に風が触れて気持ちいい。
けれど夜になって冷え込んだり、
雨が降ったり、
まして台風が近づくような日には、
この服では凍えてしまうのではないか。
そんな小さな不安も出てきた。

横浜駅に行ったとき、
羽織物でも買おうかなと思った。
でも、臨時しのぎで買った服なんて、
きっと長くは着ない。
だからやめた。
寒くなったら、
最悪アディダスのウィンドブレーカーを
羽織ればいい。

エレガントなブラウスの上に
スポーティーなウィンドブレーカー。
想像しただけで、少し笑ってしまう。
そんなことを考えながら、
次のホテルへ向かった。

そして、次のドアが開きました。
扉の向こうには、
笑顔がとても愛らしくて可愛いあなたが、
満面の笑みで立っていた。

「逢いたかったよ」その一言が、
とても嬉しかった。
「わあ、久しぶり。嬉しい。
また逢いに来てくださったのね」
そう言った次の瞬間、
あなたは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

突然だったから少し驚いた。
けれど、心の中ではとても嬉しかった。

「相変わらず綺麗だね」
「可愛いね」
「スタイルいいね」
次から次へとこぼれてくる褒め言葉を、
私は少し舞い上がるような気持ちで
受け取っていた。

「嬉しいわ。こんなに褒めていただいて」
そう言いながら、
私もあなたに甘えるように抱きついた。
あなたの反応が嬉しくて、
私もますます嬉しくなった。

そしてあなたは、
「可愛い、可愛い」と言いながら、
何度も私の頭を撫でてくれた。
私は「可愛い」と言われるのが一番好きだ。
そして、頭を撫でてもらうのも好き。
だからその時間だけは、
まるで可愛らしい女の子に
戻ったような気分で、
あなたにたくさん甘えた。

久しぶりに感じる、あなたの温もり。
あちらこちらへ
出張に飛び回っているあなたから、
知らない土地の風や街の香りまで
一緒に漂ってくるような気がした。

お話もとても楽しかった。
「あちらへ出張するときは、
本当に暑いから、
ちゃんと地下を歩かないとだめよ」
そんなことまで言いながら、笑って別れた。

ホテルを出る。
今日は雨が降っていなかったから、
いつもの場所に座って、
日記を書くことにした。

ビルとビルの間に切り取られた、小さな空。
ちょうど日が沈みかける頃だった。
空は赤銅色に染まり、
その間を薄いグレーの筋が走っていた。
赤銅色と薄いグレー。
交互に重なるその色が、
空いっぱいに縞模様を描いていて、
とても幻想的だった。

その薄いグレーの筋の上を、
濃い雲の塊がゆっくりと動いている。
私には、それが大きな鳥の姿に見えた。
翼の先に赤銅色の光をまといながら、
これから天へ羽ばたいていく鳥。
――朱雀。
ふと、そんな名前が浮かんだ。

夕空の中から現れた伝説の鳥が、
大きく翼を広げて、
どこか遠い空へ飛び立とうとしている。
しばらく私は、その姿を見つめていた。

そのときだった。風さんがやってきた。
「風さん、ここよ。私はここよ」
「あ、ここにいたの」
「そうよ。でも風さん、
暗くなってくると、
ノースリーブでは少し寒くなってきたわ」

すると風さんは、
いつものようにそっと答えた。
「大丈夫よ。ちゃんとそばにいて、
包んであげるから」
その言葉を聞いた瞬間、
少し前まで一緒にいた
あなたの笑顔を思い出した。
まるであなたが、
そう言ってくれているようだった。

あたたかい腕に包まれていた時間は
もう終わったのに、
その温もりだけは
まだ私のまわりに残っている。
人の腕から離れた温もりを、
今度は風さんがそっと受け取って、
私の肩にかけてくれているみたいだった。

赤銅色の空には、朱雀が羽ばたいている。
その翼の下で、
私は少しだけ寒くなった夜風に包まれていた。
でも、不思議と寒くなかった。
だって今日は、
ちゃんと温もりを連れて歩いているから。