帰る準備をしていた。
最後の日記も書き終えた。
アップする準備もできた。
うん、いい感じ。
今日は0時半には眠れるかな。
そうしたら4時間くらい眠れる。
明日もまた歩きに行こう。
明日のお天気は――。
心はもう、明日の朝へ飛んでいた。
そのとき、お店からメールの着信。
え、嘘でしょ。まさか、今?
嬉しいけど…
もう今日の最後のページは
書き終えてしまったのに。
けれど、ふと思った。
私が閉じたはずのページを、
風が勝手にもう一枚めくったのかもしれない。
何が起きるかわからないからこそ、
明日のために心の余白を残したばかりだった。
いや。もうすぐ日付が変わる。
これから出逢う風景は、
今日の続きではなく、
明日の心に最初に入ってくる
風景なのかもしれない。
だったら、きっといい朝になる。
そう思いながら、
あなたの待つお部屋へ向かった。
そして日付が変わり、
開かないと思っていた最後のドアが開いた。
初めてお逢いするあなたは、
落ち着いた雰囲気の温かそうな方だった。
「森村です。よろしくお願いします」
そうご挨拶したのだけれど――。
あれれ。
あなたは何も言わない。
隣へ座るよう手で合図をして、
そのまま私の肩へ手を回した。
少し驚いて、
「ちょっと待って。無言でいきなりだと、
びっくりするわ」
そう伝えると、
あなた自身、
無言だったことに
気づいていなかったようだった。
申し訳なさそうな顔。
そして、はにかんだ笑顔。
その表情を魅た瞬間、
私の中であなたの印象が少し変わった。
無口でぶっきらぼうな方なのかなと
思ったけれど、
違うのかもしれない。
ただ、とてもシャイなだけなのかもしれない。
心にはたくさんのものを持っているのに、
それを言葉にするのが
少し苦手なのかもしれない。
だったら、私から話しかけよう。
あなたの中にある言葉を、
少しずつ引き出してみよう。
そして二人で、素敵な朝を迎えよう。
そう思った。
すると、本当に少しずつ
あなたの言葉が増えていった。
はにかんだ顔。
恥ずかしそうな顔。
そっと気持ちを表してくれる顔。
私を魅つめる顔。
私より少し年上のあなたなのに、
その一つ一つがなんだかとても愛らしくて、
私はあなたを真心で温かく包みたいと思った。
けれど、あなたの腕に包まれたときには、
また違うあなたがいた。
言葉にはしなくても伝わってくる、
男らしさ。
その奥にある、深い優しさと温かさ。
そして誠実さ。
初めて逢った人なのに、不思議だった。
言葉より先に触れた心が、
あとから会話によって
少しずつ確かめられていくようだった。
残った時間、私たちはたくさん話した。
そして気づけば、
あなたのほうからも私へ言葉を
投げかけてくれるようになっていた。
それが、とても嬉しかった。
最初にあった二人の間の空白が、
言葉と笑顔と温もりで、
少しずつ埋まっていく。
別れる頃には、
初めて逢ったときよりも、
ずっと近いところにお
互いの心があるような気がした。
開かないと思っていた最後のドア。
その向こうに、こんな朝が待っていたなんて。
行く前には「なんで今なの」と思った。
でも今は、心から思う。
――行ってよかった。
そして、余白を残しておいてよかった。
日付を越えて、新しい一日が始まった。
昨日、明日のために残しておいた心の余白。
そこへ一番最初に入ってきたものは、
朝陽でも、空でも、風でもなかった。
あなたの温かな真心だった。
ありがとう、あなた。
また逢えたら嬉しい。
また逢いに来てね。
そう言って、お別れした。
外へ出ると、風さんが待っていた。
いつもより遅くなった私を心配したのか、
ヒューッと駆け寄るようにそばへ来た。
「もう最後のドアは開かないと
思っていたのに、開いたのね」
「そうなの」
「遅くまでお疲れさま。でも不思議。
あなた、全然疲れた顔をしていないよ。
なんだか爽やかな朝を迎えたみたい」
私は笑った。
「そうなんだ。
だって、もう明日なんだもん。
朝になったんだもん」
眠いはずなのに、
心は不思議なくらい澄んでいた。
閉じたはずの昨日のページを、
風が勝手にもう一枚めくった。
私は最初、
それを余計な一枚だと思った。
けれど違った。
その一枚は、昨日の続きではなかった。
新しい今日の、最初のページだった。
心に残しておいた余白へ、
誰よりも早く
あなたの温かな真心が入り込んだ。
だから今、
私はこんなにも爽やかなのだと思う。
さあ、今日が始まった。
朝陽が昇るより少し早く、
私の心にはもう、
朝一番の風景が届いている。
風がめくってくれた一枚の向こうで、
私は思いがけず、とても温かな朝を迎えた。
番外編 風がめくった、朝一番のページ✨
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