今朝のウォーキングは、
気づけば雨音をめぐる旅になっていた。

最初は、雨に濡れた伊勢佐木モールを
花道のように歩き、
スターになった気分で胸を張った。
次に、昨日拾った「波紋」という風景の中に、
自分の心模様を魅つけた。
そして雨音は、少しずつ私の心の奥へ沈み、
遠い記憶を連れてきた。

雨音には、三つの表情があった。
躍動する雨音。
静寂へ沈む雨音。
そして遠い過去と今を重ね、
温かな余韻を残す雨音。

そんな雨音に
心を揺さぶられながら歩いていたら、
昨日まであれほど気になっていた四神のことは、いつの間にか心の隅へ片付けられていた。

それでも帰り道、
私は本町通りを曲がらず、そのまま進んだ。
そして玄武門の前に立った。
北を司るという聖獣、玄武。
亀と蛇が絡み合うその姿には、
雨の中でも揺るがない生命力があった。
深い黒を思わせるその佇まいに、
私はしばらく魅入っていた。

そのとき、
観光客らしいご夫婦に声をかけられた。
「すみません」
まさか道を聞かれるとは思わなかった。
自分の格好を見れば、
たしかに朝の街に馴染みきった、
いかにも地元で
ウォーキングをしている人に見える。

聞かれたのは関内駅。
それなら私にも答えられる。
少し可笑しくなりながら道を伝えた。

玄武門の前に立ちながら、
心はいつの間にか朱雀へ、
青龍へ、白虎へと飛んでいた。

そういえば、
以前ジグザグ中華街をしていた頃、
いつも通っていた門にも
四神とのつながりがあった。
あの頃は何も知らずに通り過ぎていた。

でも今は違う。
玄武門を魅れは、、
その向こうに四神の世界が開く。
それが嬉しかった。
また明日でも明後日でもいい。
この横浜ステイの間に、
今度は四神をめぐるように
中華街を歩いてみたい。

そのとき私は、
また別の何かを拾うかもしれない。
そう思うと、すでに少しワクワクしていた。
朝ごはんのパンを買って、帰り道へ向かう。

今朝、私はスターになった。
波紋を拾った。
雨音の中から、遠い昔の記憶を拾った。
そして玄武門では、
心を遠くへ飛ばす楽しさを拾った。

けれど、今朝いちばん大切なものはやはり、
雨音だったように思う。
帰る頃には雨は少し小降りになり、
傘を叩くポツポツという音も、
もうほとんど聞こえなくなっていた。

でも、消えたわけではない。
あの雨音は、
きっと私の心のいちばん深い場所へ
染み込んだのだ。
いつも心のどこかに一緒にいるような感覚。

それもまた、愛なのだろう。
愛を感じながら生きること。
そしてその愛を抱えた笑顔で、
自分より先に誰かを思うこと。
ふと、「忘己利他」という
四文字が心に浮かんだ。

そのとき、ようやく風さんの存在に気づいた。「あ、風さん。そこにいたの」
「ずっと横にいたよ。
今日は心が旅ばかりしてたから、
全然気づいてくれなかったけど」
「ごめんね。
今日はずいぶん遠くまで旅をしたみたい」

雨音の向こうへ。
波紋の向こうへ。
そして、はるか昔の自分のところまで。

「じゃあ、あと少しだけ一緒に帰ろう」
今度は風さんを置いていかないように。
歌でも歌いながら。