自然に目が覚めたのか。
メールの着信音で目が覚めたのか。
よくわからない。

スマホを見ると、
お仕事のメールが届いていた。
2時間ほど眠っていた。
三度目の正直で、
今度こそぐっすり眠れたようだ。

待機所の中はかなり冷えていて、
外へ出た途端、生ぬるい空気が肌を包んだ。
そして、風が強い。
「風さん、そこにいるんでしょ」
「いるよ。ちょっと久しぶりに出てきたね」
「ええ、ゆっくり眠っていたの。
なんだか今日は風が強いね」
「強いけど、寒くないからいいでしょ」
「そうね。よかった、寒くなくて」

おそらく、これが今日最後のドアになる。
最後の色は、いったい何色になるのだろう。
そんなことを楽しみにしながら、私は風さんと一緒にホテルへ向かった。

そして、最後のドアが開きました。
迎えてくださったのは、久しぶりのあなた。
「わあ、すごく久しぶり」
「そうだった?」
「ほんとよ。すごく久しぶり。
でも、逢いに来てくれて嬉しいな」
そんな言葉を交わしながら、
久しぶりの再会を二人で喜んだ。

少し話をしていると、
あなたが何かを思い出したように私を止めた。「これ、これ」
ああ、そうだった。
あなたはいつも、
私が好きなお洋服を着せてくださる人だった。
それは、ロングコート。

ちょうど寒い日が2日ほど続き、
上着を持ってきていなかった私は、
本当に寒い思いをしていた。
そうか。
こんなコートがあれば、
あんなに寒い思いをしなくても済んだのよね。
次に横浜へ来る時には、
そろそろ私のコートも持ってこよう。

そんなことを思いながら、
あなたにコートを着せてもらった。
鏡の前へ行く。
意外と似合っている自分が嬉しくて、
少しルンルンした気分になる。

うん、いいわ。
やっぱり最初は、このベージュが王道よね。
でも私は赤も好き。
自分が持っている
赤いコートを思い浮かべながら、
それでもシーズン最初の一着は、
この色がいいのかもしれないと思った。 

あなたも、「とても、よく似合うよ」と
言ってくださった。
その言葉も嬉しかったけれど、
それ以上に心に残ったのは、
あなたの優しい手の温度だった。
人柄そのもののような、柔らかな触れ方。
私はその優しさに、
すっかりうっとりしてしまった。

そして今度は私からあなたへ。
触れた分だけ、
あなたの気持ちが
伝わってくることが嬉しくて、
私の心までふわりとほどけていった。

ロングコートをまとった私は、
少しだけ女優になったような気分だった。
いつもの私より、
ほんの少しだけ
いい女になったような気もして。

あなたに抱きしめられながら、
秋の夜長に見る夢の中へ
入り込んだような時間を過ごした。
ありがとう、あなた。
「次は、あまり間を置かないでね。
コートのこと、忘れちゃうでしょ」
そんな冗談を残して、あなたと別れた。

さて。今日のあなたとの時間は
何色だったのだろう。
真っ先に思い浮かんだのは、
あのロングコートの色。
たしか「ハニー」という名前だったと思う。
ベージュより少し黄みを帯びた、柔らかな色。
でも今日の時間には、
ただのベージュよりも「ハニー」という
名前のほうがよく似合う。
少し甘さを残した色。

久しぶりに会えた嬉しさも。
優しく触れてくれた手の温度も。
鏡の前で少し女優になった私も。
すべてを包むような、蜜色。

エレベーターで1階へ降りると、
壁に貼られた昔ながらの
フードメニューが目に入った。
そこにあったナポリタン。
その鮮やかなオレンジ色を見た瞬間、
ふと思った。
ハニーもいい。
でも、このオレンジも今日のあなたに似合う。
周りまで暖かくしてしまうような、
あなたの笑顔の色。

ホテルを出ると、
風はさらに強くなっていた。
けれど寒くはない。
むしろ今は、
思いきり風に
吹かれていたいような気分だった。

風さんがまたやってきた。
「お疲れさま」
「風さん、
なんだかポツポツ雨が降り出したわね」
「そうだね」
「いつものところで、
雨に濡れないように日記を書くわ。
ちょっと待っていてくれる?」

強い風の中に、細かな雨粒が混じり始める。
今日最後のドアを閉じたあとにも、
ハニーの甘い色と、
ナポリタンのような暖かなオレンジ色が、
まだ私の中に灯っている。
そして風さんは、それを消してしまうことなく、
ただそっと揺らしながら、
私の隣にいた。