夢を見るような気分のまま歩いていると、
いつの間にか船の停泊場まで来ていた。

風は冷たかったけれど、
心にはなぜか虹がかかっていた。
きっと私の心が、
飛鳥や吉野へ少しずつ旅をしていたからだろう。

風さん、おはよう。
そこにいたのね。
ずっといたよ。
今日もまた、旅していたみたいだね。
昔のノートの中にいたの。
でも、ちゃんと帰ってきたわ。
そう。
じゃあ、ここからは一緒に歩こう。

新港中央広場に耳を澄ますと、
虫の声が360度から響いてきた。
まるで大きなコンサートホールのようだった。

マツムシ、スズムシ、コオロギ、クツワムシ、
そして少し遅れてスイッチョン。
雨の間は雨粒の音に隠れていた声たちが、
雨上がりの朝を迎えた喜びを、
それぞれの音色で語っているようだった。

幾つもの声が重なり合い、
やがて風の中へ流れていく
ひとつのハーモニーになる。
もう秋なのだ、
と自然が教えてくれている気がした。

海が近づくにつれて、
虫たちの声は少しずつ遠のき、
その代わりに船の汽笛や、
ジョギングする人の乾いた靴音、
岩壁に波が打ちつける音が耳に入ってきた。

港の水面はただゆらゆらしているように
見えるのに、
波の音は思いのほか力強い。
静かに見えるものの中にも、
ちゃんと大きな力があるのだと思った。

空を見上げると、
薄いグレーの雲が幾重にも重なっていた。

霧雨のときはこの小さな雲。
ぽつりぽつりのときはこの雲。
さらに本降りや嵐のときは、もっと大きな雲。
そんなふうに、
神様が空のどこかから
雨や風や雷を取り出しているように魅えた。

困らされることもある雨なのに、
今朝の私は、
それさえも
新しい季節を迎えるための
贈り物なのだと思えた。

嵐だったからこそ、
心は一足飛びに奈良まで行き、
遠い過去へ旅することができたのだから。