長い一日が終わろうとしている。

不思議なことに、
身体には一日の長さが残っているのに、
心には疲れよりも明るさが残っている。
今日の私は、何度も心を動かされた。
何か特別なことを成し遂げたからではない。
思い通りにすべてが進んだからでもない。

ただ、人と心が通う瞬間に、
何度も出逢えた。
逢いたいと思っていた人に逢えること。
再び顔を見られること。
言葉を交わすうちに、
昨日までより少し近くなれたと感じること。
そして、初めて向き合ったはずなのに、
どこか懐かしいような温かさを感じること。

そんな一つひとつが、
私の中に小さな光を置いていった。
朝の私は、
まだ今日がどんな色になるのか知らなかった。

でも今、振り返ってみると、
心の中にはいくつもの色が重なっている。

嬉しいという色。
楽しいという色。
ほっとする色。
胸が弾む色。
人の優しさに触れたときの、柔らかな色。
そのどれもが派手に主張しているわけではない。
けれど、一つずつ重なっていくうちに、
いつの間にか心全体が明るくなっていた。

今日、私が何度も感じたのは、
人と人との時間は、
長さでは測れないということだった。
ほんの短い言葉が、
心に長く残ることがある。
何気ない表情ひとつで、
胸の奥まで温かくなることがある。
隣にいるだけなのに、
不思議なくらい安心できることもある。

そして、その時間が終わったあとに
残るものこそが、
本当の余韻なのだと思う。

今夜の私は、その余韻の中にいる。

今日一日の物語は、
最終章に入ろうとしている。

静かになった今だからこそ、よくわかる。
今日は、
誰かに心を満たしてもらった
一日だっただけではない。
誰かと笑い、
誰かを嬉しいと思い、
誰かの優しさを受け取り、
私自身もまた、
誰かに向かって心を開いていた。

だから今、内側から光っているような
気持ちがするのだろう。
心は、誰かからもらった光だけでは輝かない。

受け取ったものに、自分の喜びが重なり、
自分の温もりが重なり、
自分から差し出した心まで重なったとき、
初めて、その光は自分自身のものになる。

今夜の私は、そんな光をまとっている。
一日の終わりなのに、
何かが閉じていくというより、
胸の奥に小さな灯りがいくつも生まれ、
それらが静かに
つながっていくような気がしている。

もう外は深い夜。
けれど、私の心の中だけは、
まだ少し明るい。

今日という日は、終わっていく。
それでも今日もらった温もりも、
心が跳ねた瞬間も、
ふっと緩んだ瞬間も、
きっとすぐには消えない。

しばらくのあいだ、
胸の中で小さな灯りとなって、
静かに私を照らしてくれる。

そんな光を抱いたまま、
今日という一日を、そっと閉じよう。