夜風に当たりながら待機所へ戻った。

晩ご飯に、かやくご飯のおにぎりを食べる。
そしてゴロンと横になった。
そろそろアイマスクをつけて、
また少しだけ眠ろうかな。
そう思っていたところへ、
メールの着信音。
お仕事が入ったみたい。

少し離れたところにあるホテルだった。
寒いと嫌だな。
そんなことを思いながら外へ出ると、
やっぱり寒い。
さっき帰ってきたときより、
さらに気温が下がったように感じた。

風も強く、とても冷たい。
バスタオルショールで
肩から体をすっぽり包み、
右手でぎゅっと握る。
飛ばされないように、
そして少しでも温もりを逃さないように。

外は霧雨だった。
これから向かうドアが、
おそらく今日最後のドアになるのだろう。
そう思いながら、
冷たい街の中を歩いた。

色とりどりのネオンは相変わらず
煌々と輝いている。
でも寒さのせいなのか、
先ほど歩いたときのように
心は弾んでいなかった。

そして、最後のドアが開きました。
そこには、
爽やかな雰囲気がとても素敵で、
それでいて気さくなあなたが
いらっしゃいました。

お部屋に入られたとき、
ちょっと意外な出来事があったらしい。
そのお話を聞いていると、
本当に嫌だったんだろうな、と伝わってきた。
思わず私まで「それはお気の毒に」と
同情してしまった。

あなたには悪いけれど、
その出来事があったからなのかな。
初めてお逢いしたはずなのに、
話しているうちに、
なんだかすっかり意気投合してしまった。

あなたはとても気さくで、
優しくて、
そして細やかに気遣ってくださった。
年齢を聞いたときにはびっくりした。
私より少し下なのかな。
でも、ぱっと見た印象は
ずっとお若かったから。

あちこちへ出張に行かれるというお話も、
私がよく行っていた場所と重なった。
「あ、そこ知ってる」
「私も行ったことがある」
そんな小さな共通点が見つかるたび、
会話がまたひとつ弾んでいく。

今朝から何度も考えていたことが、
また心に浮かんだ。
人の心に寄り添ういうこと。
相手の言葉をただ聞くのではなく、
その言葉の向こうにある
気持ちを知ろうとすること。

そうしていると、
初めてお逢いしたあなたなのに、
ほんの少し、
あなたの心に触れられたような気がした。

そして、あなたの温かな胸の中。
あなたの腕に抱かれながら、
冷たい夜風にすっかり冷えていた体を、
いっぱい温めてもらった。

でも温めてもらったのは、
体だけではなかったのかもしれない。
私もあなたの心に少し触れ、
あなたにも私の心に少し触れていただいた。

初めて逢った人と、
会話を通して心が触れ合う。
それって、なんだかとても素敵なことだな。

「じゃあ、ゆっくり休んでくださいね。
また機会があれば、ぜひ呼んでください」
そう言って、あなたとお別れした。

あなたの爽やかな笑顔が、
今も目の前に浮かんでいる。

外へ出ると、また風が冷たかった。
あんなに温めてもらったばかりなのに。

「風さん、寒いね」お仕事が終わったような、
まだ終わっていないような。

少し中途半端な時間が、夜の中に残っている。
風が強い。
街路樹の葉が、ざわざわと揺れていた。

あ。

これは、私が天狗のうちわを
探し求めたときに見つけた、ユリノキの葉。
その葉が風に揺れるのを見ながら、
ふと思った。
もしかすると――
目には見えない天狗さんが、
あの葉っぱを大きなうちわにして、
今夜の風を起こしているのかもしれない。

うふふ。

そう思ったら、
さっきまでただ冷たかった風が、
ほんの少しだけ愉快になった。

初めて逢ったあなたからもらった
温もりを胸に残したまま、
私はまた風さんと一緒に夜の街へ戻っていく。
今日という一日は、まだ終わっていない。