長い一日が終わろうとしている。
私の今日一日の物語は、
最終章へと入ろうとしている。

今日という一日を振り返ったとき、
心に残っているのは、
いくつのドアを開けたかでも、
どれほど長い時間を過ごしたかでもなかった。

心と心がつながるということ。
朝から胸の中を流れていたその思いが、
一日を歩くうちに
少しずつ形を持ちはじめていた。

人とのつながりは、
逢った回数ではないのかもしれない。
久しぶりに逢っても、
笑顔を交わせば、
離れていた時間を飛び越えるように
温もりが蘇ることがある。

初めて逢った人でも、
言葉の向こうにある気持ちを
知ろうとしているうちに、
心の距離がふっと近づくことがある。

相手へ一歩近づけば、
相手も一歩近づいてくれる。
寄り添えば、寄り添ってくれる。
心を開けば、
その向こうからも、そっと心が開いていく。

夜の街には、
色とりどりのネオンが輝いていた。
赤、青、黄色、白。

人の心も同じなのかもしれない。
誰もが違う色を持っている。
その人を自分と同じ色にするのではなく、
その人だけの色を知ろうとすること。
それが、
誰かの心に沿うということなのだろう。

そして誰かの心に触れようとした
一日の終わりに、
私は自分自身の心にも触れていた。

冷たい夜風。
ポツポツと降る雨。
ガラスを伝う雨粒。
その向こうから、
遠い昔の小さな私がひょっこり顔を出した。
曇った窓ガラスを見つけると、
嬉しくなって指を伸ばしていた私。

あの頃の私は知っていたのだろう。
心のままに遊ぶことの楽しさを。
上手でなくてもいい。
理由なんてなくてもいい。
ただ楽しいから笑い、嬉しいから描く。

今日、
人の心とつながる温かさを感じたからこそ、
心の奥に眠っていた
子どもの私まで顔を出したのかもしれない。

風さんが街路樹を揺らしている。
あれは、天狗のうちわみたいなユリノキの葉。
もしかすると目には見えない天狗さんまで、
今夜の私の心遊びを面白がっているのかな。

そう思えば、
冷たかった風まで少し愉快になる。
今日出逢った心には、
それぞれ違う色があった。

そして私の心にも、
こんなにたくさんの色があった。

誰かに触れて見つけた色。
遠い記憶から蘇った色。
そして、
何歳になっても消えなかった遊び心の色。

今夜の曇り硝子には、
その全部を描いてしまおう。
やがて曇りが消えれば、絵も消えてしまう。
それでいい。
今日触れた温もりも、
心がつながった瞬間も、形には残らない。

それでも、なくなるわけではない。
曇り硝子から絵が消れたあとにも、
その指先が覚えているように。

今日、心に灯った色とりどりの光を抱いて、
私は長かった一日の最後のページを、
そっと閉じる。

窓の向こうでは、まだ風さんが遊んでいる。
そして私の胸の中では、
少し歪な笑顔が、
いつまでも楽しそうに笑っていた。