冷たい夜風に当たりながら、
風さんと一緒に待機所へ戻っていた。

また雨が降り始めた。

ポツポツ。
ポツポツ。

お店の前を通りかかったとき、
ふとガラス越しに自分の姿が映った。
ガラスの表面には
雨のしぶきがポタポタとつき、
やがてタラリ、タラリと
細い筋になって流れ落ちていく。

その風景を眺めているうちに、
今朝たどった
子どもの頃の遠い記憶が蘇ってきた。

雨の日の、曇った窓ガラス。
私はあのガラスに
落書きをするのが大好きだった。

何を描こう、
なんて最初から決めていたわけではない。
ただ、大きな窓ガラスいっぱいに、
自分の指で
自由に絵を描けることが嬉しかった。

しかも、ガラスの絵は消すことができる。
だから何を描いたっていい。
好きなものを描けばいい。
心に浮かんだものを、
そのまま描けばいい。

そんなことさえ頭では考えず、
きっと子どもの私は、
心に任せて指を動かしていたのだろう。

キュッ、キュッ、キュッ。
まずは、大きなハート。
その中に、にっこり笑ったスマイルマーク。
次は、お月様。
お星様も描いちゃおう。
あ、ここにも小さなハート。
そうだ。
動物も欲しいな。
かわいいうさぎさんがいい。

キュッ、キュッ、キュッ。
曲がっていてもいい。
歪んでいたっていい。
指の動くままに線が生まれ、
それがなんとなく絵らしくなっていく。
それだけで楽しかった。

失敗したら、キュッ、キュッ、キュッ。
消してしまえばいい。
そしてガラスに、ハーッ、ハーッ。
息を吹きかけて、また曇らせる。
そうしたら、もう一度。
何度だって描き直せる。

そんな記憶を思い出しているうちに、
今の私の心まで、
子どもの頃の私につられるように弾み始めた。

よし。

今日は、いっぱい弾けちゃおう。
服だって、
いつもの私なら絶対に選ばないくらい
弾けてしまえばいい。
大人だからとか、
似合うとか似合わないとか、
そんなことは
今だけガラスの向こうへ置いてしまおう。

心のままに描くって、
こんなに楽しかったんだ。
大人になるうちに、
いつの間にか忘れていた素直な喜び。
理由なんてなくても楽しい。
上手じゃなくても嬉しい。
そんな小さな感動が、
今、胸の奥から次々と湧き上がってくる。

もしかすると今日、
何度も人の心の温かさに触れて、
人と人との心がつながる嬉しさを
感じたからなのかもしれない。

心を開けば、
こんなにも世界はいろんな色を魅せてくれる。

だったら今夜くらい、
私の心も全部、
曇りガラスに描いてしまおう。

ハート。
笑顔。
月。
星。
うさぎ。
そして、まだ名前もない、
心から生まれた線をもうひとつ。

キュッ、キュッ、キュッ。
さあ。
どんな絵になるのかな。
番外編・ガラス遊びシリーズ。
今夜、曇りガラスの向こうで、
子どもの頃の私と今の私が
一緒になって遊び始めた。

——第一章、開幕。