大さん橋へ入る少し手前、
橋の下のベンチに腰を下ろした。

のんびり歩いていたつもりなのに、
朝から心の中をぐるぐる巡っていたから、
少し疲れたらしい。

水を飲む。
何も考えない、ほんの短い休符。

そしてまた歩き出した。
雨はしとしと降っている。

ふと思った。
朝、心に言葉が浮かんだら詩にすればいい。
夜、一日を振り返って文字が浮かんだら、
その日の漢字にすればいい。
何も浮かばなければ、何もしなくていい。
心のフリースタイル。

自由だけれど、何でもありではない。
感情を押し込めない。
でも暴走もさせない。
自分を持ちながら、
誰かとそっと触れ合う。
そのちょうどいいところを探すのが、
心ならしなのかもしれない。

すると今度は、
心に小さなポケットができた。

嬉しかったこと。
心に響いた風景。
誰かのぬくもり。

でも、いいものだけを入れる
ポケットではない。

怒りも、悲しみも、苦しみも入れていい。
いっぱいになったら、
少しくらい落としてもいい。

一日の終わりに服を脱ぐように
ポケットを覗き、
「こんなもの入れていたのね」と取り出して、
また心ならしをすればいい。

今日はそのポケットに、
かわいいアップリケをつけようか。
リボンもいい。
華やかな日ならキラキラしたブローチも。
だって、フリースタイルのポケットだから。

心のサンクチュアリで海を魅つめた。
私のポケットは今、空っぽだった。
何もないのではない。
今朝考えたことは、もう心へ染み込んでいる。
だから持ち歩かなくてもいい。

そこへ一枚のメモが、
ひらひら舞い込んできた。

明日、家へ帰る。
夕方には家族と食事をする。
その予定だけが、
曇り空の中でキラキラ光って魅えた。

離れていても、心は触れられる。
また「人」という文字が浮かんだ。
一画目と二画目が、
重なりすぎず、
離れすぎず、
ほんの一点で触れている。

何気ない心のふれあい。
頑張って相手の心を知ろうとしなくてもいい。
さりげなく言葉を交わし、
笑い、
ぬくもりを感じる。

その小さな接点が、
人を支えているのかもしれない。

そして思った。
今朝見つけたものを、
全部覚えておかなくてもいい。
忘れてしまってもいい。

本当に大切なものなら心のどこかへ染み込み、
いつか何かに出逢ったとき、
ふっと記憶として蘇る。
そのとき新しい経験の光を浴び、
また少し違う色になって心へ戻ってくる。

それが、人が育つということなのかもしれない。私は横浜でも向こうの街でも歩く。
雨の日も、風の日も。
歩きながら景色を魅て、
心を巡り、
ときには何も考えず、
また考える。

歩きたいのか。
考えたいのか。
きっと、どちらもなのだろう。

私が歩けば、
そこに私だけの哲学の小径が生まれる。
今日も心のポケットには余白がある。

何を拾うか決めずに歩いていこう。
心のフリースタイルで。