私の朝が来た。

そう思ったとき、
手は自然とイヤホンへ伸びていた。

千鳥を聴こう。
風さんと歩きながら、
これから明けていく空を眺める。

いつもの私の朝へ戻っていくには、
きっとぴったりの曲だと思った。
でも——やめた。

今、音楽の力を借りて
気持ちを切り替えるのは、なんだか違う。

昨夜、若様に手を取られたときの、
心がとろけそうになった感覚。

「お前ひとりを愛そう。俺の花嫁」

その言葉に胸を高鳴らせながら、
自分の中にしかなかった世界を言葉にして、
絵にしていった。

そして、それらがぴたりと重なった瞬間。

嬉しかった。

若様に恋い焦がれていたはずなのに、
いつしか私は、
自分の中から生まれた世界そのものに
恋をしていた。

その余韻を、もう少し味わっていたかった。

朝になったからといって、
昨夜をOFFにして、
朝をONにする必要なんてない。

そう。

これは、切り替えではなく——移ろいなのだ。

若様の青い炎をまだ胸に残している私と、
風さんと新しい朝を歩き始めた私。

その二人の間を、
心はふわふわと行ったり来たりしている。

こんな私、好き。

あっちへ行ったり、こっちへ戻ったり。

その途中だからこそ、
昨日まで知らなかった心模様に
出逢えるのかもしれない。

ピチピチピチ。

突然、大きな鳥の声が耳を突き刺した。

はっとする。

そうだった。

私はもう、私の朝を歩いている。

鳥。
虫。
そして風さん。

風さんは、
自分だけで音を奏でているのではなかった。
木々に触れて、さらさら。
葉を大きく揺らして、ざわざわ。
地面の砂や小石を撫でて、さらさらさら。
触れたものすべてを楽器にして、
朝の旋律を奏でている。

夢の楽章から、目覚めの楽章へ。

その間に流れる、
長い長いインターミッション。

まだ昨夜に浸っていたい。
でも、早く先へ行きたい。

この先には、
どんな朝のドラマが待っているのだろう。

そんな相反する心の声までが、
いつの間にか旋律の一部になっていた。

坂道は少しずつ急になる。
ずいぶん歩いてきたはずなのに、
心がずっと移ろっていたから、
ここまで来たことにさえ気づかなかった。

足だけは、黙って前へ進んでいたのだ。

ふと景色が開けた。
まだ眠っている町。
その向こうの山。
薄い雲。
そして、少しずつ白み始める空。

昨夜あれほど鮮やかだった若様の青い炎は、
もう炎の形をしていなかった。
青は薄く、淡くなりながら、
空へ染み込んでいく。

消えてしまうのではない。
空の色へ、移ろっている。

そして私の心にも、色があった。
昨夜から連れてきた青。

これから逢える人を思えば、
そこへ柔らかなピンクが滲んでくる。

さらにその向こうには、
横浜へ、
今日へ、
未来へと走っていきたい私のオレンジ。

どの色が私なのだろう。——全部、私。
境目なんてなくていい。

青からピンクへ。

ピンクからオレンジへ。

混ざり合うところには、
まだ名前さえない色が生まれている。

心も、朝も、色も。

私は今、
そのグラデーションの中を歩いている。
そして坂道の先には、
もうすぐ——
私の心のサンクチュアリーが待っている。