坂はさらに急になった。

心のサンクチュアリーへ続く、最後の一本道。

息を切らしながら、私は歩いた。
細い道の向こうから風さんが、
さあっと吹いてくる。

私に向かって。
私を包むように。

左の耳には、ガーガーガーと走り去る車の音。
右の耳には、それに負けまいと
声を張る鳥と虫たち。
右と左。
まるで違う二つの世界の音が、
頭の中で混ざり合う。

目を閉じた。

ああ——。

これが、私の朝の目覚めなのだ。

そして、心のサンクチュアリーへ着いた。

山の向こうでは、
太陽がゆっくりと昇ろうとしていた。
山の稜線に沿って、光がすうっと伸びていく。

ピンクとイエローを溶かしたような光。
いつものピンクゴールド。
でも今朝は、そこにほんの少しだけ青がある。
若様の青い炎。

昨夜あれほど鮮やかだった青は、
もう炎ではなかった。
朝の光に溶け、
空に染み込み、
ピンクゴールドと重なって、
名前のない色になっていた。

それでいい。
無理に消さなくていい。
朝だからと、心を切り替えなくていい。

いつか自然に薄れていくなら、
それに任せればいい。
だって青はもう、私の心の奥にある。

思い出したくなったら、
いつでも取り出せばいいのだから。

「さあ風さん、行くわよ」

帰り道、私は初めての細い道へ入った。
知らない道なのに、不安はなかった。

東には朝の光がある。
迷ったら、空を見上げればいい。

人生も、案外そんなものなのかもしれない。

立ち止まったら空を見る。
わからなくなったら、
自分の光がある方角を探す。
そしてまた、歩けばいい。

今日の私は、この町から横浜へ向かう。
けれど心は、もう一足先に横浜へ飛んでいた。

今夜逢えるあなたのことを思えば、
胸の中に柔らかなピンクが広がる。

その先へ進みたい心には、元気なオレンジ。

そしてまだ、若様の青。

青からピンクへ。
ピンクからオレンジへ。

私の心は、一色ではなかった。

グラデーション。

境目もなく、行ったり来たりしながら、
心は自分の速さで次の世界へ移ろっていく。

ふと、300度に開けた空を見上げた。

白い空に、薄いグレーと濃いグレーの雲。
その中を、ひと筋の長い雲が駆けていた。

竜だ。

昨日見た、あの竜。

でも今日は違う。

私はもう、下から見上げてはいなかった。
その背に乗っていた。
大きく、優しい竜と一緒に、
雲の間を駆けている。

ふふっ。
とうとう私は、空まで飛んでしまったらしい。

でも、それでいい。
想像する心には、
道もなければ境界もない。

私に向かって風さんが吹く。
私を包む風。
ふわっと身体ごと持ち上げてくれそうな風。

その中に、なぜだろう。
ほんの少し——
海の香りがした。

横浜は、まだ遠い。
けれど私の心はもう、
竜の背に乗って、
海のある空へと
移ろい始めていた。