キャリーケースに詰めてきた荷物を、
お部屋のいつもの定位置へ
ひとつずつ収めていく。

よし。

これで私の横浜ステイが始まった。

なんだかこの一週間、
いいことがありそうな気がする。

今日は待機をしなくていい。
居場所をキープする必要もない。
それなら3日ぶりの大通り公園を眺めながら、
あなたとの待ち合わせ場所まで
ぷらぷら歩いていこう。

雨が降りそうで、降らなさそうで、
やっぱり降りそうな空。

水色のシュシュをつけた傘3号を腕にかけた。
この傘にも、
曇りガラスの心遊びでは
ずいぶんお世話になった。
なんだかすっかり愛着が湧いている。

3日ぶりの大通り公園。
曇り空の下でも木々は元気いっぱいで、
その緑を一生懸命輝かせていた。

そして、私が見つけたあのクスノキ。
相変わらず大きく枝をいっぱいに伸ばし、
周りの木々と比べても
圧倒的な存在感を放っていた。

見上げた瞬間、ふっとあの言葉が浮かんだ。
「嗚呼忠臣楠子之墓」
そう、楠木正成。

なぜだろう。

この大きなクスノキを見上げていると、
いつも私の心はあの人へとつながっていく。

そして今日は、もう一つ思った。
この木は私にとって、
「愛の木」のような気がする、と。

信号を渡り、まっすぐ歩いていると、
向こうにあなたの姿が見えた。
あなたも私に気づき、手を振ってくれた。
嬉しくて、私も思いっきり手を振った。

やった。逢えた。

ホテルでの待ち合わせなら、
ドアが開いた瞬間に
抱きついてしまうかもしれないと思っていた。

でも今日は外。
抱きつきたい気持ちを笑顔に全部詰め込んだ。

「嬉しいわ」

そして、ふたりのデートが始まった。
ずっと行ってみたかった天ぷらのお店。

カウンターに横並びに座り、
まずはビールで乾杯する。
左を向けば、あなたの横顔。
あなたが話しかければ、耳元に声が届く。
その距離が、なんとも心地いい。

揚げたての天ぷらを、
「あちあちあち」
と言いながら頬張る私を、
あなたは隣で笑っていた。

そして日本酒。
これは絶対に「日本酒の小径」に
残しておきたいと思った。

何より心に残ったのは、あの器の色。
明るい群青というのだろうか。
透き通るような藍というのだろうか。

眺めているうちに、その色の中へ、
向かい合って語る私たちまで
映り込んでいるような気がした。
群青色の世界が、ふたりの間に広がっていた。

そしてホテルへ。
面白そうなお部屋にふたりで笑い、
いつの間にか抱きしめ合っていた。

あなたの温もりを感じながら、
ずっと優しさに包まれていたような気がする。
ありがとう、あなた。

今日、あなたに逢うことを
とても楽しみにしながら横浜へ来たの。

ときめく時間。
温かな時間。
そして、ふたりのつながりが
もう一つ深くなったような、
透き通る群青色の夜。

お別れは寂しい。
でも、また明後日には逢える。
「また明後日ね」

そう言って、
遠ざかっていくあなたの後ろ姿を見送った。

そのとき、ふわり。
風さんがやってきた。

「あ、風さん。何か言いたそうね」

うふふ。

でも、言いたいことは
もうわかっているでしょう。

そうね。

それじゃ風さん。
一緒にお部屋まで帰りましょう。

横浜ステイ最初の夜。
私の心にはまだ、
あの透き通る群青が揺れていた。