朱雀を追いかけるように、朝の街へ出た。

空にはもう、その姿はなかった。

薄いグレーの雲の隙間から、
雨に洗われたような淡い空色が覗いている。

突然、風が強くなった。

ザー、ザー、ザー。

街路樹の枝がしなるほどの風。
車の音さえかき消してしまいそうだった。

「風さん、おはよう。そこにいるの?」

いるよ。
気づいてくれないから。

「ごめんね。
朱雀を追いかけるのに夢中だったの」

じゃあ、背中を押してあげる。

そんな声が聞こえたように、
風は向かい風ではなく、
私を前へ前へと運んでくれた。 
いつもとは違う道を選んだ。

整然と延びる道。
等間隔に並ぶイチョウ。
スタイリッシュな建物が連なるみなとみらい。

その街全体が、
未来へ向かって羽ばたいているように魅えた。

やがて中華街へ。
朝陽門をくぐった。

東。
朝日が昇る門。
何度も通った、いつもの門だった。

だから、
そのときの私は青龍を魅ようともせず、
そのまま通り過ぎた。

久しぶりに媽祖廟で手を合わせた。
「家族が今日も一日、
素敵に無事に過ごせますように」

離れているからこそ、顔が見たい。
笑顔が見たい。
今頃どうしているのだろうと思う。

そのあと偶然目にした、
日本料理店の「仁」という一文字から、
遠い記憶が蘇った。

仁とは人なり。
親を親しむを大となす。

教えを思い出して祈ったのではない。
祈ったあとから、言葉が私に追いついてきた。

そして、朱雀門。
真っ赤な朱の門を前にして、胸が高鳴った。

朱。
炎。
翼。

今朝の空から消えた朱雀が、
ここでは門そのものに宿っているようだった。

次は白虎。
初めて逢うかもしれない白虎を探して、
少し迷いながら延平門へ向かった。

遠くに白い門が見えた。
近づくほどに、その白さが際立っていく。

白。
大地。
獣。

空を舞う朱雀に対して、
白虎は
大地を力強く駆け抜けているように魅えた。

そして玄武門。ここは何度も通っている。
朝そばへ向かうとき、
意気揚々とその下を歩いた門。

なのに、今日初めて立ち止まった。
黒い門の上に
亀と蛇が絡み合うような姿を見つける。

「こんなところにいたんだ」
門はずっとそこにあった。
私が魅ていなかっただけだった。

その瞬間、
どうしても最初の朝陽門へ戻りたくなった。

ほんの少し前、
何も感じず通り過ぎた青龍の門へ。

同じ道を戻るのではなく、
中華街を抜けながら朝陽門を目指した。

そして、もう一度その前に立つ。

息を呑んだ。
青。
深い、深い青。
海のように広く、
底知れないほど深い青の中に、龍がいた。

一頭、また一頭。
門のあちらこちらに、
今まで一度も気づかなかった龍の姿がある。

どうして見えなかったのだろう。
ほんの少し前まで、
これはただの中華街への入口だったのに。

門は何も変わっていない。
変わったのは――私だった。

朱雀を魅た。
白虎を魅た。
玄武を魅た。

その目で戻ってきたから、
ようやく青龍を魅ることができた。

そして、その深い青を魅つめていると、
昨夜の記憶がふっと重なった。

群青。
あなたと過ごした、あの群青の世界。

強く、深く、
それでいて私を静かに包んでくれた色。

青龍の青の向こうに、
私はもう一度、あなたとの群青を魅ていた。

ほんのわずかな時間で、
同じ門がこれほど違って魅了える。

世界が姿を変えたのではない。
きっと――
私の魅る世界が、広がったのだ。