メイクはもう済ませていた。

これなら余裕——と思ったところで、
はたと気づいた。

おにぎり。
そして、洗濯。
忘れてた。

慌てて洗濯機を回し、
その間におにぎりを作る。

洗濯は時短。
それでも時計を見ると、
どうやら予定していた
13時半ぎりぎりになりそうだった。

次は何?

あと何が残ってる?

朝、朱雀を追いかけていた詩人はどこへやら。

今度は時間を追いかけて、
部屋の中を右へ左へ。

なんとか洗濯物まで干して時計を見れば、
13時半を5分ほど過ぎていた。

まあ、大丈夫。

郵便局の用事はすぐに済む。

それに今日は14時から
すぐにご予約があるわけでもない。
そう自分に言い聞かせて外へ出ると——

風が、気持ちよかった。
薄いグレーの雲が、
空にふわふわ浮かんでいる。

あの雲の中にも、四神がいるのかもしれない。

朝、中華街で見た四神。

その姿が今度は空へ昇り、
これから始まる私の一日を
見守ってくれているような気がした。

ところが。

その雲の向こうに、
ふっと優しい笑顔が見えた。

誰?

私だけを愛してくれる人。
「ああ、お前だけを愛そう。俺の花嫁」

……あ。

鬼の若様。

風さん、笑ってる?

朝から朱雀を追い、
四神の世界を巡り巡って、
雲の向こうに
最初に見えたのが鬼の若様だなんて。
なんだか私まで笑ってしまう。

慌てて歩いてきたから、少し汗ばんでいる。
けれど風さんが、
その汗をさらりとさらっていく。
肌が気持ちいい。
心も気持ちいい。

なんだか私の中を、
風がすうっと通り抜けていく。

朝から胸いっぱいに抱えていたものも、
仕事に追われて焦った気持ちも、
洗濯とおにぎりで走り回った慌ただしさも、
全部に小さな隙間ができた。
風通しがよくなった。

こんな気持ちになった、
このタイミングで、
最初に若様の笑顔をみるなんて。

今日は、鬼の若様の花嫁になった気分。

花嫁記念日かな?

そう思ったら、
またひとりで笑ってしまった。

朝、朱雀を追い、
四神を魅つめ、
青龍の青に心を重ねた私が、
午後になってたどり着いた先は——

鬼の若様の花嫁。

風さん、やっぱり笑ってる?

そういえば若様の世界。
まだ4巻目以降の2回目を読めていなかった。

お店に着いて、
いつもの場所を確保できたらどうしよう。

睡眠直行?
それとも——若様?

そんな究極でもなんでもない二択を、
なぜか真剣に考えながら歩いていたら、
お店に着いたのは14時10分前。

うん。
ちょうどいい。

……あ。
お昼ごはん、食べてなかった。

おにぎりを一つ頬張って、
空いていた場所に自分の居場所を整える。

そして、ゴロン。

日記をアップして時計を見れば、
14時を少し回ったところ。

次のドアが開くのは16時。
1時間半くらいは眠れるかな。

今日はメイクもばっちり決まっている。
少しくらい眠っても、
慌てて直す必要はなさそう。

さあ、どうする私。
眠りの世界へ行くか。
鬼の若様の世界へ行くか。

目を閉じれば眠れそう。
ページを開けば、きっと止まらない。

その二つの世界の入口で、
私はまだゴロンと横になったまま迷っている。

でも今日は
——花嫁記念日、なのかもしれない。


風抜けて
雲間に笑う
若様よ
花嫁心
朱に染まりゆく

— Morimura