幼い頃、
月は家族の真ん中にあった。
庭に集まり、
父がいそいそと支度をして、
焼ける匂いと笑い声の向こうに
まあるい月が浮かんでいた。
あの頃の私は
月を見ていたのだろうか。
それとも
月の下に集まる家族を
見ていたのだろうか。
若い頃には、
月見という言葉にかこつけて
出かけて、食べて、笑った。
やがて大人になり、
華やかな観月の宴にも出逢った。
灯りがあり、
料理があり、
人の賑わいがあり、
月を囲む夜には
いくつもの姿があった。
けれど、
今も心に残っている月がある。
ある人が自ら用意してくれた
ススキと、白い団子。
「ここから月が見えるんですよ」
そう言って開けてくれた窓の向こうに、
ただ、月があった。
何も足さない夜だった。
だからこそ、
月の光が
まっすぐ心まで届いた。
いつからだろう。
十五夜の月を
ただ美しいだけの月として
見なくなったのは。
月の兎の物語を知った。
自らを差し出した
小さな兎。
その優しさを魅つめ、
忘れられぬよう
月にその姿を残した神。
それから私は
月の黒い影を
餅をつく兎とは思えなくなった。
私には魅える。
白い光の中を、
今もぴょん、ぴょんと跳ねながら、
優しさを忘れないで。
そう伝えている兎の姿が。
忘己利他。
自分のためだけではなく、
まず、人のために。
けれどそれは、
遠くの誰かを救うような
大きなことでなくてもいい。
月明かりはいつも、
空の彼方ではなく
私の足元を照らしてくれる。
ここから。
まずは、
私にできることから。
そう教えてくれているように思う。
今朝、ススキを見つけた。
まだ十五夜には少し早いのに、
私の心には
もう月が昇っていた。
幼い日の月も、
若い日の月も、
華やかな宴の月も、
あの静かな窓辺の月も、
幾重にも重なって
今の私の月になっている。
人の心も同じなのかもしれない。
一日の中で
嬉しさに揺れ、
誰かの言葉に波立ち、
時には「我が、我が」と
ささくれ立つ。
雨に崩れる砂紋のように。
風に乱される砂紋のように。
そんな夜は、
月を見よう。
白い光に心を預け、
ひとつ、またひとつ、
波立った心をならしてゆく。
消すのではない。
今日という日を
なかったことにするのでもない。
すべてを抱いたまま、
静かな白へ還してゆく。
月もまた、
私の心ならし。
今年の十五夜も、
私はきっと
静かに月を見上げる。
ススキと、
月見団子と、
それだけでいい。
そして白い光の中に
あの兎を見つけたら、
今年も逢えたね。
そう、心の中で声をかけよう。
それから
月明かりを辿って
もう一度、自分の足元を見る。
明日もまた
ここから歩き始めるために。
月、心をならす✨
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