「桃の滴」

初めてその名前を見たとき、
私はまだ若かった。

たまたま入った店で
地酒の品書きを眺めていて、
ふと、この三文字に目が止まった。

桃の滴。

なんて粋な名前なのだろう。

私はもともと、
すっきりとした辛口のお酒が好きだった。

だから本来なら、
いつもの好みから選んでいたはず。

けれど、その日は違った。
味より先に、
名前に心をつかまれた。

「これ、ください。」

そうして初めて口にした一杯は、
名前から思い描いた景色を裏切らなかった。

桃の、あの柔らかな丸み。角がなく、
女性の身体の曲線のように、
ふっくらとやさしい。

けれど甘ったるくはない。
口の中へまとわりつくこともなく、
辛すぎもせず、
甘すぎもしない。
するりと入って、
すっと引いていく。
そして何より、
料理の邪魔をしなかった。

むしろ料理と料理の間へ、
ほんの一滴、
潤いのエッセンスを
落としてくれるようだった。

それ以来、
「桃の滴」を置いている店を見つけると、
私はよく頼むようになった。

それほど多くの店で見かけるお酒ではない。
だから見つけたときには、
「あった」それだけで少し嬉しくなる。

そして、
宴席やパーティーへ
お酒を持っていくときにも、
私はよく桃の滴を選んだ。

味が好きだから。
もちろん、それもある。

でも、それだけではなかった。

女性が一本のお酒を携えて現れる。
その腕の中にある酒の名が、

「桃の滴」

なんだか、それだけで粋ではないか。

華美ではない。
強く主張もしない。
けれど、
どこか艶がある。
潤いがある。
侘び寂びがあり、
もののあはれがある。

雨に濡れた木の葉が、
乾いているときよりも深い色を魅せるような、
静かな艶。

私はきっと、
そんなものをこの名前にも、
このお酒にも感じていたのだと思う。

そして今日、初めて知った。
「桃の滴」という名が、
松尾芭蕉の句に由来していることを。


我が衣に
ふしみの桃の
雫せよ


相手の徳を桃になぞらえ、
その雫を一滴でも受けたい。
そんな思いが込められているという。

その話を知ったとき、
私は少し笑った。

ああ。

分かるような気がする。

一滴でいい。
ほんの一雫でもいいから、
その人から何かを受け取りたい。

けれど、私が桃の滴を差し入れるときは、
少し向きが違う。

私は、
一滴を受け取りたいのではない。

一滴を、届けたい。

全部を分かってもらわなくていい。
このお酒を選んだ理由も、
私がどんな気持ちで持ってきたのかも、
言葉にして説明しなくていい。

ただ一滴。

グラスへ落ちる一滴ほどでいい。
私の気持ちを、
ほんの少し汲んでもらえたら。
それでいい。

そう思うと、
「桃の滴」を差し出すことは、
私にとって言葉のない手紙なのかもしれない。

そして今日は雨。

朝から私は、
いくつもの滴を魅てきた。

傘3号を覆った雨の滴。
水たまりへ落ち、
波紋となって広がった滴。
雨に濡れて、
艶を増した緑。

一滴が落ちれば、
そこから小さな輪が生まれる。
人の心も、
きっと同じなのだろう。

たくさんはいらない。
ほんの一滴が、
誰かの心へ届けばいい。

そして、そこに小さな波紋が生まれたなら。

芭蕉は、一滴を受け取りたいと願った。

私は、一滴を届けたいと願う。

長い年月を経ても、
私がこの酒に惹かれる理由は、
案外そこにあったのかもしれない。

桃の丸み。
雨の潤い。
静かな艶。
そして、言葉にしすぎない心。

今日も心の中で、
小さな盃をひとつ傾ける。

桃の滴。

その一滴に、私の心をそっと託して。


桃の滴
一滴に託す
わが心
波紋となりて
君へ届かむ

— Morimura