3時に目を覚ました。

今日は、始発に乗って帰る日。

まず、お風呂にお湯をためる。
その間に、
部屋に干しておいたHOKAを手に取った。

昨日の雨でびちょびちょになった靴の中には、
乾かすためのキッチンペーパーが
いっぱい詰めてある。
それを一つずつ取り出しながら、
ふと思った。

このHOKAは、
今回の横浜での七日間を、
いちばん近くで知っている。

朝、まだ街が眠っている時間に
部屋を出たこと。
風さんと話しながら歩いたこと。
雨に濡れたこと。
海を魅たこと。
空を魅上げたこと。
目の前に広がる風景から、
心に響くものをひとつずつ拾い上げ、
それを自分の中へ取り込んでいったこと。
HOKAはずっと私の足元にいた。

私と一緒に魅て、聞いて、感じてくれていた。

思えば、雨の多い七日間だった。
雨に濡れては洗い、乾かし、
また翌朝、一緒に歩いた。

けれど、
雨だったからこそ魅えたものもあった。

雨粒の中に広がる波紋。
その小さな輪を魅つめながら、
私の心にもまた、
ひとつの思いから幾重もの輪が
広がっていくことを知った。
雀の姿から四神たちの世界へ迷い込み、
いくつもの「門」を巡った。

街にある門。
歴史の中にある門。
そして、自分の心の中にある門。
門は向こう側へ行くためだけの
ものではなかった。
ひとつ開くたび、
今まで知らなかった自分に
出逢う場所でもあった。

大きな紙に、大きな筆で書いた「人」

一筆入魂。

あの一文字に向き合いながら、
私は「人」というものを魅つめていたようで、
本当は自分自身を魅ていたのかもしれない。

この七日間、私はいくつものドアを開けた。
その向こうには、いろんなあなたがいた。

笑ったり、
ときめいたり、
心が温かくなったり、
少し切なくなったり。

ドアが開くたび、
私の心には新しい色がついた。

朱。
群青。
紺青。
雨の銀。
朝陽のピンクゴールド。
そして、名前のつかない色まで。

私はその色を拒まず、
そのときの私の色として受け取ってきた。

けれど、不思議なことに、
たくさんの色を重ねた先で私が魅つけたのは、
もっと強い色ではなかった。

白だった。

何もない白ではない。
たくさん魅て、
たくさん感じて、
たくさん心を動かしたからこそ
還ってこられる白。

初心に「戻る」のではなく、
すべてを抱えたまま、白へ還る。

そして、この七日間で
私はもうひとつ気づいた。

私は誰かだけに恋をしているのではない。

朝の空にも。
風にも。
雨にも。
海にも。
木々にも。
言葉にも。
色にも。
歴史にも。
人にも。
心を動かされる、
その瞬間そのものに恋をしている。

私は、人生に恋をしている。

だから私は歩くのだろう。
まだ知らない何かを魅つけるために。
まだ知らない自分に出逢うために。

これからお風呂に入り、
残った荷物をキャリーケースへ詰める。
そして、カチッと閉める。
その音がしたら、
七日間の旅もそろそろ終わりだ。

キャリーケースを部屋の外へ出したら、
最後の掃除をする。
一週間使ったタオルを一枚だけ残して、
それで床を磨く。
きっと磨きながら、
またいろんなことを思い出すのだろう。

けれど、それでいい。
思い出を消すために磨くのではない。
心の中に取り込んだものを、
ひとつずつ自分の居場所へ収めるために磨く。
色を捨てるのではなく、
色を抱いたまま、白へ還るために。

床がきれいになった頃、
私の心にもまた、
新しい余白が生まれているような気がする。

そして私は、その白を連れてここを出る。
向こうへ帰れば、
また新しい風景が待っている。

新しい色を魅つけ、
新しい音を聞き、
新しい言葉を拾い、
また心いっぱいに色を重ねていくだろう。
そして、再び白へ還る。

けれど、その白は、
前と同じ白ではない。
白へ還るたびに、
私の一日一日がその白をさらに
濃く、
深く、
輝かせていく。

白なのに、濃くなる。
何もないように魅えて、
そこには、
それまで生きてきた
すべての色が息づいている。

そして私は、
その白の上にまた新しい色を重ねていく。

笑った色。
ときめいた色。
涙の色。
雨の色。
風の色。
人からもらった色。
自分の中から生まれた色。

それらを幾重にも重ね、
また白へ還る。

還るたび、
少しだけ新しい私になる。
それは「転生」と呼ぶほど
大きなものではないのかもしれない。

けれど、
昨日までの自分を抱いたまま、
そこからまた新しい自分が生まれてくる。
そう考えれば、
これは私の小さな「新生」なのかもしれない。

生きながら、
何度でも新しく生まれる。
色を重ね、
白へ還り、
また色を重ねる。
そのたびに、
白は深くなり、
私は私になっていく。

きっと私は、
そんな小さな新生を繰り返しながら、
人生を歩いている。

七日間、一緒に歩いてくれてありがとう。

HOKA。

あなたの靴底には、
私が歩いた横浜の道が残っている。
そして私の心には、
その道で拾ったものが残っている。

さあ。
お湯も、そろそろたまった頃。

七日間の私を温めて、
最後の荷物を詰めよう。

そして最後に、
この部屋と私の心を磨こう。

次の色を迎えるために。

またひとつ、
新しい私に生まれるために。

白へ還る朝が、始まっている。

雨の街
HOKAと歩き
風を聴き
心に触れし
色を取り
人を魅つめて
門を開け
波紋の先に
我を魅る
出逢うすべてに
恋をして
幾重の色を
抱きしめて
白へと還る
またひとつ
新しき我
生まれゆく
白は深まり
なお輝けり

— Morimura