空色の画用紙に
白い絵の具を
ぽん、ぽん、と。

誰が描いたのだろう。

まっすぐでもなく
きれいな丸でもなく
決められた形もない。

ただ
思うままに浮かんでいる。

龍に見えた。

少し目を離したら
大きな白い犬になった。

もう一度見たら
振り返る龍になっていた。

そして
心の中の扉を少し開ければ
物語の人まで
空を歩き始める。

雲が変わったのだろうか。

それとも
私の心が
形を与えているのだろうか。

遠い日の
小さなひとことが
心の奥で
ふいに目を覚ます。

知るより前に
魅えていたもの。

名前を覚えるより前に
感じていたもの。

大人になると
私たちは
たくさんの名前を覚える。

これは雲。
これは魚。
これは鳥。

名前を知れば
世界は分かりやすくなる。

けれど、ときどき
名前を知る前に
魅えていたものを
見失ってしまう。

今日の私は
空を見上げながら
ほんの少しだけ
名前を手放していた。

だから龍がいた。

犬がいた。

そして
私にしか魅えない物語が
空いっぱいに遊んでいた。

雲は
何にもならない。

龍になったわけでも
犬になったわけでもない。

ただ白く
自由に
空を流れている。

何にもならない。

だから――

何にでもなれる。

そして私も
ほんのひととき
何にでもなれた頃の目を
取り戻していた。

魅えたものを
魅えたまま。

感じたものを
感じたまま。

それだけで
世界がおもしろかった頃の目を。

雲は今日も
何にもならずに
流れてゆく。

だから私は
もう少しだけ
この空を見ていたい。

次は何に魅えるのだろう。

そんなことを思える私が
まだここにいることを
少しうれしく思いながら。

— Morimura