お風呂に入り、
18時頃から晩ご飯の用意を始めた。
今日は家族が食べたいと言ったものを
デパ地下で買ってきていたから、
温めて器に盛りつけるだけ。
今日の晩と明日の晩。
買ったときには、
私の頭の中で
きちんと振り分けができていた――
はずだった。
ところが。
一品、出すのをすっかり忘れていた。
買ったときには
私も食べるのを楽しみにしていたのに、
用意をしているうちに、
買ったことそのものが頭から消えていた。
「あれ、今から食べる?」
家族に聞いてみる。
「いや、もういいよ。お腹いっぱいだから」
あらら。
あれもこれもとやっていると、
どこかひとつ抜けてしまう。
まあ、明日のお楽しみが
一品増えたと思えばいいか。
家族の前には、
デパ地下で選んだものが並ぶ、
なかなか豪華な晩ご飯。
それに対して、私の前は少し寂しい。
明日は、人間ドックのプロローグ。
そのため今夜の私は、少し控えめな粗食。
同じ食卓を囲んでいるのに、向こうは華やか。
こちらは慎ましい。
いいなあ。
ほんの少しだけ、そう思った。
けれど、このあと私は、
ご馳走とは別のもので
心をいっぱいにしてもらうことになる。
食事をしながら、家族が聞いた。
「明日、病院何時に行くの?」
「13時くらいかな」
すると、思いがけない言葉が返ってきた。
「送って行ってあげる」
え?
正直、驚いた。
運転だって、それほど得意ではないのに。
そんなことを言ってくれるとは、
夢にも思っていなかった。
家族が病院へ行くとき、
私は会社を抜けて送り迎えをすることがある。
もしかしたら、
そんなことを覚えていてくれたのかな。
そう思うと、なんだかうれしかった。
誰かのためにしてきたことは、
同じ形ではなくても、
巡り巡って自分のところへ
帰ってくることがあるのかもしれない。
すると今度は、
「明日の朝は食べたらダメなんでしょ?」
と聞かれた。
「そう。明日の朝は食べられないの」
そう答えると、
「じゃあ、朝ご飯は自分で作るからいいよ。
食べられない人に作ってもらうの悪いから」
胸の奥が、じんとした。
実を言えば、ほんの少し期待していた。
そう言ってくれないかな、と。
でも、久しぶりに帰ってきたのだから、
自分から頼むのも申し訳ない。
だから何も言わず、
いつものように朝ご飯を
用意するつもりでいた。
それなのに、
向こうからその言葉がやってきた。
普段、私がしていること。
私自身はいつの間にか
当たり前のようにやっていること。
それを、本当の意味で
「当たり前」だとは思っていなかったんだ。
ちゃんと見ていてくれた。
ちゃんと感じていてくれた。
そう思えたことが、何よりうれしかった。
私の晩ご飯は質素だった。
けれど、不思議。
心はとても温かく、豊かだった。
今日は家族孝行をしよう。
そんな気持ちで過ごしていた一日だったのに、
夜になったら反対に、
私のところへ家族孝行がやってきた。
そんな気がした。
いろいろな話をしながら食事を終え、
ふと空のことを思い出した。
今日は予報に月のマークがついていた。
もしかしたら見えるかもしれない。
ベランダへ出てみた。
もう外は真っ暗だった。
山の稜線には、
うっすらと白い筋が斜め上へ伸びている。
そして稜線そのものも、
白く滲んでいるように魅えた。
白へ還っているのね。
今朝の言葉が、
こんなところでまた戻ってきた。
そして、空には月。
半月より少しだけ、
ふっくらとお腹を出したような月。
目を縦にしたようにも魅える。
思っていたより少し赤みを帯びていて、
その色を見た途端――
あ。若様の目。
とうとう月にまで若様を魅てしまった。
我ながら、どれだけ夢中なのだろう。
でも、そんな自分もなんだか可笑しくて、
月を見ながら少し笑った。
この月も、これから少しずつ満ちてゆく。
やがて十五夜の頃には、
私はおそらく横浜にいる。
家族と一緒にその月を見られないのは、
少し残念。
だったら明日の夜。
十五夜ではなくてもいい。
一日早いとか遅いとか、
そんなことだってどうでもいい。
家族と一緒に、月を見ようか。
今日の食卓で受け取ったものを
胸の中でもう一度確かめながら、
私は月を見上げた。
眠たい。
疲れた。
それでも、あともうひと踏ん張り。
今夜は少しだけ、
月の神秘な光を借りてみよう。
尽くす手に
返るぬくもり
月明かり
満ちゆく前の
心は満ちて
— Morimura
月満たす心✨
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