玄関を出るときに見た、
あの中庭の風景が、まだ心に残っていた。
雨に濡れた緑。
葉の先に宿る、小さなしずく。
吹き抜けから差し込む、淡い朝の光。
誰かが照らしているわけではない。
美しく見せようと、
何かを飾ったわけでもない。
雨が降り、
朝が来て、
木々がそこにいる。
ただそれだけ。
それなのに、
あの一瞬の風景は、
どんなライトアップよりも
私の心を惹きつけた。
私は、こういう風景が好きなんだ。
誰かの手で美しくされたものではなく、
そのものが持っている力で、
内側から光っているもの。
歩きながら、何度もあの一枚を思い返した。
そして考えた。
あの風景を、誰かに渡すとしたら。
私は、どんな言葉を選ぶのだろう。
写真なら簡単だ。
ほら、こんな景色だったの。
そう言って、一枚見せればいい。
でも私は、それでは少し物足りない。
あの葉の緑をどう伝えよう。
雨のしずくを、どこに置こう。
朝の光は、
どんな言葉ならいちばん近いのだろう。
そう考えているうちに、
心が勝手に旅を始める。
昔見た風景へ。
遠い日に聞いた言葉へ。
本の中で出逢った一節へ。
誰かが何気なく口にしたひとことへ。
私は思い出を
探しているのではないのだと思う。
今、目の前で心が動いた理由を探している。
その理由にいちばん近い言葉を探している。
だから、心はあちらこちらへ旅をする。
そして今朝。
その旅の途中で、
遠い日の小さな声が蘇った。
まだ世界にたくさんの名前を
持っていなかった頃の、
まっすぐなひとこと。
見えたものを、見えたまま。
感じたものを、感じたまま。
そこには、
上手に説明しようとする
気持ちなんてなかった。
ただ、「そう魅えた」それだけだった。
私は、
そのひとことに心
を揺さぶられた日のことを、
今でも覚えている。
そして、さらに遠いところから、
いくつもの小さな顔が浮かんできた。
言葉を探して、
考えて、
何度もやり直して。
ようやく自分の力で一枚を書き上げ、
「できたよ」
そんな気持ちを全身にまとって
差し出してくれたときの、
あの弾けるような笑顔。
それを受け取った人の目に、
涙が浮かんだこともあった。
そして私も、うれしかった。
本当に、うれしかった。
今朝、そんな遠い時間にもう一度逢った。
そこで、
ようやく少し分かったような気がした。
私は、だから言葉が好きなのかもしれない。
難しい言葉を並べたいわけではない。
知っていることを見せたいわけでもない。
むしろ逆。
できるだけ、やさしい言葉がいい。
光。
緑。
雨。
しずく。
うれしい。
きれい。
そんな、子どもでも知っているような言葉。
でも、その一つを置くために、
私は心の奥まで潜っていきたい。
本当に「きれい」だったのか。
何が、きれいだったのか。
光なのか。色なのか。
そこに流れていた時間なのか。
それとも、それを見ていた私の心なのか。
そこまで探して、探して、
最後にいちばんやさしい言葉へ還ってくる。
そういう文章が、私は好きなんだ。
ふと、今朝の中庭を思い出した。
雨に濡れた木々。
誰にも照らされていないのに、
朝の光を受けて、自分の力で輝いていた。
ああ。
私が書きたい文章も、きっとこれなんだ。
飾って光らせるのではない。
難しい言葉という照明を、
いくつも当てるのでもない。
そこにある心を、
いちばん近い言葉まで探して、そっと置く。
そして、その言葉自身が、
内側から光ればいい。
読む人が、その光を受け取って、
自分の中にある風景を
自由に描いてくれればいい。
私と同じ景色でなくてもいい。
私と同じ感動でなくてもいい。
ただ、私の言葉を一つの扉にして、
その人の心がどこかへ旅をしてくれたなら。
それでいい。
雨に濡れた葉の先で、
小さなしずくが光っていた。
私はまだ、その一粒に名前をつけず、
心の中へそっと連れていった。
光宿り、言の葉芽吹く✨
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