長い一日が終わろうとしている。
今朝の私は、
少しだけ昨日に取り残されていた。
閉じたと思っていた扉が、
ほんのわずかに開いたままだった。
けれど、その隙間から差し込んできたものは、
後悔でも焦りでもなかった。
今日一日の物語は最終章に入ろうとしている。
遠い日の声だった。
忘れていたわけではない。
けれど、いつの間にか
心の奥へしまっていたもの。
それが今朝、言葉のひとつに触れた途端、
ふっと目を覚ました。
そこから心は、ずいぶん遠くまで旅をした。
私は、なぜこんなにも風景を
言葉にしたいのだろう。
なぜ、誰かの小さな喜びに
胸を震わせるのだろう。
なぜ、雲を雲のままにしておけず、
龍にも、犬にも、
物語にも魅てしまうのだろう。
その答えを探していたわけではなかった。
ただ、心が動いた理由を追いかけていただけ。
すると、今まで別々に見えていたものが、
少しずつ同じ場所へ還ってきた。
素直な感動。
喜び。
言葉。
そして、心の白。
今朝、山から湧き上がる白を見たとき、
初めて分かった気がした。
白は、何もない色ではない。
私はずっと、白へ還ろうとしていた。
でも、本当は少し違った。
私は、自分の手で白へ還していた。
遠い記憶も。
うれしかったことも。
まだ胸のどこかに引っかかっていることも。
ひとつずつ掬って、
今の自分と重ね、
今の言葉を与え、
もう一度心へ戻していた。
だから私の白は、無垢な白ではない。
何層にも色を抱いた白。
生きてきた時間が重なるほど、
薄くなるのではなく、
むしろ濃くなる白。
そのことに気づいたとき、
私は少し強くなったような気がした。
けれど一日は、
そんなにきれいには進まなかった。
心が整ったと思ったそばから、
また乱れた。
穏やかな自分だけではいられなかった。
怒った。
嫌になった。
思いどおりにならないことに、心を荒らした。
今朝あれほど「白」と
言っていたのに。
でも夜になって思う。
それでよかったのだ。
白へ還すということは、
いつも穏やかでいることではない。
黒いものを持たないことでもない。
黒を黒のまま認めること。
怒った自分も、
未熟な自分も、
少し大人げなかった自分も、
追い出さないこと。
それも今日の私だったと抱きしめてから、
白へ還すこと。
そう思えば、
今日の白はまた一層深くなった。
そして、家へ帰る。
そこには、言葉にしなくても
伝わるぬくもりがあった。
何かをしてもらい、
ありがとう、と言う。
今度は私が、と返す。
そんな小さな往来の中で、
荒れていた心は少しずつほどけていった。
家族とは、強く結ぶものではなく、
こうして何度も優しく
結び直していくものなのかもしれない。
夜になり、風さんに逢う。
空は群青。
今日一日の終わりに、
この色が待っていた。
群青は、私にとって静かな色ではない。
胸の奥を揺らす色。
遠い音を蘇らせる色。
誰かと過ごす夜の空気や、
言葉と言葉のあいだにある沈黙まで、
すべて抱き込んでしまう色。
そして、その群青の中に、青い炎が魅えた。
その真ん中には、今日の白がある。
朝よりも深く、
昼よりも強く、
夜になって少し温かくなった白。
青い炎に包まれた白を見ながら、
私は思った。
今日一日、私は何度も揺れた。
でも、そのたびに還ってきた。
白へ。
そして今、
その白を抱いたまま群青の夜にいる。
心は静かなのに、どこか弾んでいる。
まだ、ときめける。
まだ、誰かの言葉に
胸をキュンとさせることができる。
まだ、物語の扉を開けたくて仕方がない。
それが、うれしい。
今日という一日を通して見つけたものは、
強さでも、
悟りでも、
完成でもなかった。
揺れてもいい。
乱れてもいい。
また自分の手で還せばいい。
それだけだった。
そう思えば、
明日からまた違う風景の中へ
歩いていくことが怖くない。
白は、もう私の中にある。
群青もある。
そして、まだ見ぬ色を受け取れる余白もある。
さあ。
今日の心ならしは、ここまで。
心のポケットに、
今日の白と群青をそっとしまおう。
明日はまた、新しい風の中へ。
「白を抱いて」
朝まだき
ひらいた心に
遠き声
ひとつふたつと
よみがへり
言葉をたどり
心をたどり
知らぬ間に
昔の光へ
旅をして
雨のしずくに
喜びを魅て
山の白には
わが心魅たり
還る白かと
思ひしものは
わがこの手
掬ひ重ねて
還す白
喜びもまた
迷ひも怒りも
捨てることなく
抱きしめて
黒き心も
今日の色なり
白はただ
何もなき色に
あらざりき
幾重の色を
内に抱き
生きるほど濃く
深くなり
やがて夕べの
風にほどけて
家の灯に
ぬくもり受けて
心やはらぐ
夜は群青
青き炎の
その中に
今日の白あり
静かに光る
揺れてもよしと
今なら思ふ
また掬ひ
また重ねつつ
還せばよいと
明日の風は
明日にまかせ
今宵ただ
群青の夜に
心あそばせ
白を抱き
青き炎に
身をゆだね
まだ見ぬ明日へ
静かに還る
反歌
白重ね
群青深き
夜となり
揺れる心も
われに還れり
— Morimura
白深まり、群青満つ✨
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