あなたとお別れし、ホテルをあとにした。
最近、こんな夜には
なぜか雨にたたられることが多かったから、
外へ出る前に少しだけ身構えた。
また降っているかもしれない。
そう思いながら外に出たけれど、
どうやら今夜は大丈夫みたい。
よかった。
ふっと肩の力が抜けた。
そして空を見上げた。
月が、とても綺麗だった。
明日の今頃は十五夜。
一年の中でも、
とりわけ美しいとされる月を
愛でることができる。
でもね。
私は思った。
明日が十五夜だからといって、
今日の月が脇役になるわけではない。
今日の月も、十分すぎるほど美しい。
少し赤みを帯びながら、
夜の空に浮かんでいる。
その色を見ているうちに、
ああ、いやだ。
また若様の瞳に魅えてきちゃった。
昨日の夜から、
どうも私は赤を見るとすぐ
若様へ心が飛んでしまうらしい。
ひとりで少し可笑しくなった。
そして私は、
そのまま次のホテルへ向かった。
引き続きご予約をいただいている。
今夜、最後のドア。
どんな顔で迎えてくださるだろう。
そんなことを思いながら歩いているうちに、
そのドアが開いた。
そこには、
いつものようにあたたかく、
やさしいあなたがいた。
「わ、お久しぶり。逢えて嬉しい」
そう言うと、
あなたはにっこり微笑みながら、
私を魅つめてくださった。
その笑顔を見た瞬間、
やっと逢えた。
そんな気持ちが、
身体の奥から一気にこみ上げてきた。
そして気づけば、
私はあなたに抱きついていた。
あたたかな胸。
そこから伝わってくる鼓動。
その音を感じながら、
本当に逢えたんだ。
ようやく実感した。
逢えなかったあいだのこと。
あんなことがあった。
こんなことを考えていた。
私はいつものように、
次から次へと話していた。
ソファに横並びで座り、
ビールを飲み、
おつまみを食べ、
身体を寄せながら、
いろいろな話をした。
……と言っても、
ほとんど喋っていたのは
私だったような気がする。
それでもあなたは、うん。うん。と、
何度も頷きながら、
嫌な顔ひとつせず、
私の話を聞いてくださる。
私は、そんなあなたの
笑顔を見るだけでほっとする。
何か特別な言葉をいただかなくても、
ただそこにいて、
話を聞いてくださる。
それだけで心がゆるんでいく。
そしてまた、抱きしめ合った。
あなたが、「顔を見せて」とおっしゃった。
そのひと言が、なんだかとても嬉しかった。
照れながらもあなたを魅つめ、
また笑い、また抱きしめ合う。
そしてまたビール。
そしてまたおしゃべり。
話はあちらへ行ったり、こちらへ飛んだり。
何をそんなに喋っていたのか、
あとになればきっと半分くらい忘れてしまう。
でも、二人で笑っていたことだけは、
ちゃんと残る。
それでいいのだと思う。
あなたと一緒にいる。
今、この空間を二人で過ごしている。
ただそれだけのことが、
今夜は妙に嬉しかった。
久しぶりに逢ったはずなのに、
どこか初めてのような軽やかさがあった。
心のどこかに風が通ったみたいだった。
楽しい。
嬉しい。
逢えてよかった。
そんな単純な言葉が、
今夜は何よりしっくりきた。
やがて時間が過ぎ、あなたとお別れした。
ホテルを出て、もう一度空を見上げた。
月がいた。
ホテルへ入る前に見た月より、
さらにふっくらと、
さらにやわらかく、
光を増しているように見えた。
さっきまであなたと過ごしていた時間が、
その月明かりの中へ
溶け込んでいるようだった。
笑ったこと。
語ったこと。
抱きしめてもらったぬくもり。
そばにいてくださった安心。
そのすべてが、
月の光に掬われて、
空へ浮かび上がっているように魅えた。
今夜の月は、
何かを導くための光ではなかった。
ただ静かに、
今日ここにあった幸せを
照らしてくれる光だった。
朝は、進む路を照らす光を見た。
そして夜は、
誰かと過ごした時間を
包み込む光を見ている。
同じ光なのに、
こんなにも表情が違う。
だから私は、月が好きなのかもしれない。
言葉にしなくても、
そのときの心をそっと映してくれるから。
今宵の月のように、
美しく、
やわらかく、
光に包まれた時間だった。
ありがとう、あなた。
また待っていますね。
月冴えて
逢瀬のぬくみ
胸に抱き
光のなかへ
余韻ほどける
— Morimura
月冴えて、逢瀬の余韻ほどけゆく✨
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