午前2時半。
横浜での一日目を駆け抜けた余韻が、
まだ胸の奥で静かに熱を持っていた。
昨夜は、18時からのあなたとも、
22時からのあなたとも、
心をほどき、
笑い、
飲み、
語り、
抱きしめ合いながら、
それぞれに違うぬくもりを受け取っていた。
どちらの時間にも、確かに私がいた。
弾けるように笑っていた私も、
甘えるように身をゆだねていた私も、
どちらも嘘ではなく、
どちらもちゃんと今の私だった。
そんな幾つものときめきが、
月の光に包まれたまま心の中に残っていて、
私はその余韻を抱えたまま眠り、
そしてまた目覚めた。
月の光というものは不思議だ。
朝の太陽のように
すべてを照らし出すのではなく、
言葉にならない思いごと、
そっと抱きとめてくれる。
昨夜の私のときめきも、
ぬくもりも、
熱も、
少し酔いの残る心の揺れも、
すべて月の中へしまわれて、
やわらかな記憶に変わっていくようだった。
5時20分。
新しい朝の空気の中へ出ると、
少し寝不足で、
少し二日酔い気味のぼんやりした頭に、
風がすっと通り抜けた。
そのひと撫でだけで、
胸の奥にたまっていた熱が、
ゆるやかにほどけていく。
モチおじさんは、
今朝も静かに、堂々と立っていた。
朝日を受けて輝いているというよりも、
木そのものの命が、
内側から深い緑を光らせているようだった。
その隣のなぞちゃんも、
少し疲れた葉を抱えながら、
それでもちゃんとそこにいてくれる。
朝の光を浴びて、また元気を出してね。
そんなふうに声をかけたくなった。
風さんがやってきた。
おはよう、と心の中で呼びかけると、
昨日いっぱい動いた私の胸のあたりを、
くるくると撫でるように風が吹いていった。
昨日は本当に、感動の連続だった。
その疲れは、重たい疲れではない。
心がいっぱい動いたあとにだけ残る、
じんわりとした心地よい余熱のようなもの。
その余熱を抱いたまま、
私はまっすぐ、
横浜での心の
サンクチュアリーへ向かって歩いていった。
3日ぶりの横浜の朝。
街路樹たちが静かに迎えてくれ、
海からの風が、
早くおいでと誘うように吹いている。
ふと右を魅ると、
空がまぶしく輝いていた。
雲はいく筋にも連なり、
光へ向かって走っている。
その姿を見ていると、
私にはただの雲ではなく、
四神が天を駆けているように魅えた。
東をつかさどる青龍。
燃えるような光をまとった朱雀。
地を駆ける白虎。
そして静かに空を守る玄武。
その四神が、みな太陽の方へ、
日の出る方へ向かっている。
その後ろには、
さらにいくつもの雲が付き従い、
まるで光へ向かう大きな行列のようだった。
やがて前方の空から、
ピンクゴールドの光がすうっと姿を現した。
まだすべてではない。
けれど確かに、太陽はそこにいた。
その瞬間、
空を駆けていた四神たちもまた、
その光へ導かれていたのだと思った。
私の心も、その光に向かって、
そっと連れて行かれているようだった。
昨夜の月の余韻をまだ抱えたままなのに、
もう朝の光は私を新しい方へ、
新しい今日の方へと引いていく。
月の光と太陽の光、
そのあわいに立つこの時間。
私はきっと、
こうして移ろっている時間そのものが
好きなのだと思う。
切り替えるのではなく、ほどけるように。
決意するのではなく、流れるように。
そうして心は、
いつの間にか今日という一日に馴染んでいく。
昨夜のときめきも、
今朝の清々しさも、
どちらか一方ではない。
どちらも抱いたまま、
私は海へ向かって歩いている。
心はまだ少し月の側にあり、
けれど足はもう朝の光の中にある。
そんな私の一日の始まりが、
今、
静かに動き出していた。
月の余韻、朝へ移ろふ✨
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