5時20分に歩き始めて、
お部屋へ戻ってきたのは8時10分。

2時間50分。
いつもと同じくらいの距離なのに、
今日はずいぶん時間がかかった。

足まで心と一緒にうつろっていたのだろうか。

のんびり。
ゆっくり。
立ち止まっては空を見上げ、
風を感じ、
また歩く。

気づけば、
朝の時間をたっぷり使っていた。

でも不思議と、
「時間がかかってしまった」
という気持ちはなかった。

むしろ、
ゆっくりだったからこそ、
今日はたくさんのものを
拾えたような気がする。

目の前に現れた風景から、
ふっと昔の記憶が呼び起こされる。

「ああ、そうだった」と思った瞬間、
今の私が見ている景色と、
遠い記憶の景色が重なっていく。

そして過去の記憶は、
今の光を少しだけ受け取って、
また心の奥へ戻っていく。

そこは、昨日から私がずっと考えている
漆黒の世界。
白へ還したものを静かに抱いてくれる場所。  

昔の記憶も、
今日の気づきも、
今朝感じた風も、
いったん光を受け取り、
またそこへ戻っていく。

けれど、
戻るたびに何かが消えていくのではない。

むしろ逆だった。
心の奥が少しずつ輝いていく。

外から照らされている光ではなく、
内側から静かに滲み出してくるような光。

それは今朝一番に見た
モチおじさんの深い緑にも似ていた。

朝日が当たったから輝いていたのではない。
そこに生きている。
その生命そのものが輝いている。
私の心も、
少しだけそんなふうになれたらいい。
そんなことを思った。

そして歩き終わり、
いつものようにクールダウンの
ストレッチをしながら、
朝いちばんに見上げた
小さな空をもう一度見た。

ずいぶん白くなっていた。
「ああ、だいぶ白へ還したな」
そう思ったら、なんだか満足した。

今朝拾ってきたものが、
きちんと心の中へ収まったような気がした。

この白も、
時間とともに少しずつ心の奥へ沈んで、
やがて漆黒に包まれていくのだろう。

……漆黒。
そう思った途端、
若様の漆黒の髪と、赤い瞳が浮かんだ。

あら。

そこへ行くのね、私の心。

今日は今のところ、ご予約は入っていない。
ということは、
出勤してからの予定は、
今見上げている空のように、真っ白。
ちょっと笑ってしまった。

さて。

睡眠貯金をするか。
それとも、鬼の若様の世界へ行くか。

うーん。

これはなかなか難しい。

心は今、睡眠貯金と若様の間を、
また小さくうつろっている。

考えてみれば、
うつろいというものは、
昨日から今日へ移るような
大きな時間の間だけにあるものではないのだ。 

ほんの数分後の自分へ向かうときだって、
心はちゃんとうつろっている。

寝ようかな。
若様かな。
お風呂に入ろうかな。
日記を書こうかな。

そんな些細な迷いの中にも、
心はいつも動いている。

そう思うと、
私の一日は、
うつろいの連続なのかもしれない。

そろそろ、
この長いうつろいの朝をいったん置いて、
私の朝のオアシス時間へ戻ろう。

この部屋で過ごす朝の時間も、
少し久しぶり。

でも不思議なもので、
何をして、
その次に何をするのか、
もう身体のどこかに染みついている。

ただ、その自分の中の流れに、
時々ほかの何かが入り込んでくることもある。 

「あれ?」と思う。
自分の思い描いていた順番が崩れると、
少し心がざわつく。
嫌だな。
そう思うことだってある。

でも最近は、
そんなとき、水になればいいと思う。
大きな石があれば、その横を流れる。
流れが変われば、少し方向を変える。
また流れやすいところを探して進んでいく。

嫌な思いを抱えたままでも、
一日は過ぎる。

だったら、流れて、流して、
また流れていく方がいい。
それも、私流に。

いつも同じ流れでなくてもいい。
昨日と違ってもいい。
途中で思いがけない方向へ曲がってもいい。
それでも、私が流れていくなら、
それはちゃんと私流なのだ。

今日は少し出遅れた朝。
でも寝坊したわけではない。
うつろいすぎて、出遅れただけ。

そう思うと、なんだか可笑しくなる。
ゆっくり歩きすぎたことも悔やまない。
時間がずれたことも悔やまない。

その分、今日の私は
たくさんのものを拾ってきた。

そして今、そのすべてを抱いたまま、
また次の時間へ流れていこうとしている。

急がなくてもいい。
止まってもいい。
流れてもいい。

今日も私流に。
私らしく。
また新しい私へとうつろっていこう。

そしてその途中で、
心に響く何かに逢えたなら、
またそっと言葉にすればいい。

さあ。

お部屋へ帰ろう。

私流の朝のオアシス時間を、始めよう。

うつろひて
流るる朝の
白き空
急がぬわれに
新しき風

— Morimura