赤レンガ倉庫まで歩いてきた。
太陽に背を向けると、
目の前には
横浜らしい朝の景色が広がっていた。

インターコンチネンタルホテルの独特な輪郭。
観覧車。
ワールドポーターズ。
そして遠くに伸びる街の姿。

見慣れているはずなのに、
3日ぶりに見るだけで、少し懐かしい。

ふと観覧車へ目をやった。
デジタル時計に並んでいたのは、555。

あ。

そう思った瞬間、
昨夜のことが蘇った。

眠気と戦いながら日記を書いていたとき、
何気なく時計を見た。

2時22分。

222。

あのときも一瞬、
「エンジェルナンバーだ」と思った。

けれど、そんなことを考える余裕よりも、
眠たい気持ちの方がずっと勝っていて、
そのまま心の隅へ置いてしまっていた。

そして、その前には111。

111。222。555。

もちろん、
数字そのものに
何かが決められているわけではない。

けれど今朝の私には、
その並びが妙に心に響いた。

111。
始まり。

222。
焦らず、信じながら整えていく。

そして555。
変化。
新しい流れへ。

なんだか、

ホップ。

ステップ。

ジャンプ。

みたい。

そう思うと、思わず少し笑った。

でも私は、
ただ新しいものだけへ
飛び込んでいきたいわけではない。

そのとき、昔から好きだった言葉が浮かんだ。

温故知新。

古きを温め、新しきを知る。
新しい扉を開くからといって、
古いものを置いていかなければ
ならないわけではない。

これまで歩いてきた時間。
そこで感じたこと。
迷ったこと。
大切にしてきたもの。
それらを抱いたまま、
新しい扉へ向かっていい。

むしろ、過去に抱いた初心が、
「大丈夫。
あなたはここまで歩いてきたでしょう」と、
次の扉を開く勇気をくれるのかもしれない。

古きを捨てて新しくなるのではない。
古きを温めるからこそ、
新しい私は、そこから生まれてくる。

そんなことを思いながら歩いていると、
海に着いた。

やっぱり海の風は違う。
街の中を抜けてきた風よりも、
ずっと遠くから
やってきたような広がりがある。

胸いっぱいに吸い込むと、
心の中にまだ形になっていない何かが、
「もう少しだよ」と
動き始めているような気がした。

新しい扉を開く準備。
でも今はまだ、
無理に取っ手へ手を伸ばさなくてもいい。
何かのきっかけが来たなら、
そのとき自然に開くのだろう。
そう思った。

海の向こうを見る。
太陽は、また雲の陰へ隠れていた。
けれど、そこに光があることはわかる。
雲の奥がほのかに明るい。

そして、その光の近くから、

もくもく。

もくもく。

まるで煙が吐き出されているような
雲が伸びていた。
その雲は上へ向かい、
やがて大きなどんよりとした
灰色の空へ吸い込まれていくように見えた。

私はしばらく、その風景を見ていた。

光がある。
そして影がある。

どちらか一方ではなく、
二つが同じ空の中にある。

人は光を欲しがる。
明るい方へ行きたいと思う。
影はできるなら遠ざけたいと思う。

でも、本当にそうなのだろうか。
影があるから、
光の輪郭は
こんなにも鮮やかになるのではないだろうか。

そして光があるから、
影もただの暗闇ではなく、
深さを持つのではないだろうか。

ふと、以前仕事を通して知り合った
カメラマンの方の言葉を思い出した。
モノクロ写真は、
色ではなく、光と影の芸術。

あのときは、そういうものなのか。
くらいに聞いていた。

でも今朝になって、
少しわかったような気がした。

光と影は、敵同士ではない。
もしかすると、
相反するものですらないのかもしれない。

互いがあるから、互いが生まれる。
互いが重なるから、
そこに奥行きが生まれる。

それは、私が最近ずっと考えている、
白と漆黒にも似ていた。
白へ還したものを、漆黒が抱く。
白を消してしまうためではない。
白をより深い場所で、
静かに守るために。

だったら、光と影も同じなのかもしれない。
光だけを選ばなくてもいい。
影だけを恐れなくてもいい。
その両方を、今の私の心へ入れてみよう。
そう思った。

心の旅で拾ってきた風景は、
たくさんの色で彩られていたと思っていた。

群青。
漆黒。
赤。
白。
ピンクゴールド。

けれど、そのさらに奥には、
いつも光と影があったのかもしれない。

光が心を照らし、影がそこへ深さを与える。

その二つが折り重なって、
ただの景色を、心に残る風景へ変えていく。

目の前の空には、まだ厚い雲がある。
その隙間には、確かな光もある。

私はそのどちらも魅つめた。
どちらかを消そうとは思わなかった。

光も。

影も。

今はただ、
どちらも私の心へ迎え入れてみたい。
そんな朝だった。