あれは、いつの夏だったかしら。

遠い昔の、暑い暑い夏の日の夕方。
私は、一番お気に入りだった
爽やかなペパーミントグリーンの
ノースリーブワンピースを着ていた。

その日は、
会社の関係で長くお付き合いのあった
男性お二人と、
久しぶりに食事へ出かけることになっていた。

私よりずっと年上のお二人。
けれど、不思議なくらい気が合った。
お二人とも女性のエスコートがお上手で、
お話も楽しい。

傍から見れば、ずいぶん年の離れた、
ちょっと不思議な凸凹トリオに
見えたかもしれない。

でも三人でいると、
なぜだか居心地がよかった。

向かったのは、
以前にも何度か訪れたことのある和食のお店。
やっぱり素敵なお店だった。

旬のお料理をいただきながら、
久しぶりに逢ったお二人との話を楽しみ、
そして日本酒を楽しむ。

杯を重ねるうちに、
それぞれがほどよくほろ酔いになり、
会話もだんだん軽くなっていった。

その頃の私は、
真夏になるとパンティストッキングではなく、
太もものところで留まる
ガーターストッキングを履いていた。

理由は単純。
涼しいから。
ワンピースの中を風が通るような気がして、
暑い夏にはなんとも快適だった。

どういう話の流れだったのか。
「こんな暑い日に、
女性はストッキングを履いていて暑くないの?」そんなことを聞かれた。

私は、ふふっと笑った。

「大丈夫ですよ。
今日はパンストじゃなくて、
ガーターストッキングだから」

すると——お二人の目が、きょとん。

「ガーターストッキングって、何?」

あら。

ご存じないのね。

「太もものところで、
ゴムでぴたっと留まるストッキングですよ」

そう説明すると、
お二人は顔を見合わせながら、
なにやら一生懸命想像している。

その様子が、なんだか可笑しくなった。

ちょっぴり、からかってみたくなった。

「ご存じないんですか?」

そして、いたずら心でもう一言。

「見たいですか?」

すると。

二人とも目をくりくりさせて、

首を縦に、ふんふん。

「見たい、見たい」

しかも、ちょっと前のめり。

もう、その姿が可笑しくて仕方がない。

「じゃあ、
ちらっとだけ見せてあげましょうか」

また、うんうん。
見たい、見たい。

そこで私の目が、
ふと日本酒のメニューへ動いた。

——あ。

久保田 萬寿。

あった。

私は以前にも萬寿を飲んだことがあって、
そのすっきりとした美味しさを覚えていた。
でも、普段なら値段を見て、
なかなか自分から注文しようとは思わない。

久保田なら千寿。
それで十分美味しい。
けれど目の前には、萬寿。

確か、
その頃でも一合なかなかのお値段だった。

私はメニューを見ながら、にやり。

「じゃあ、ちらっと見せたら、
私、萬寿飲んでいいですか?」

「いいよ、いいよ」即答だった。

成立。

なんという取引だろう。

私はそっと右脚を少し前へ出した。

そしてワンピースの裾を
ほんの少し持ち上げて、
太もものところにある、
レースのついた
ガーターストッキングの端を——ちらっ。

そして、ぱっ。

終了。

お二人の顔には明らかに、

「もう少し」と書いてあった。

でも私は涼しい顔で、
「ちらっと見えたでしょう?」

二人とも笑いながら、

うん、うん。

それで十分。

だって私は、
もう萬寿を注文できるのだから。

ふふ。

そして運ばれてきた、久保田 萬寿。

口に含む。

ああ。
やっぱり美味しい。

すっと入って、
すっとほどける。

くどさがなく、
きれいで、
どこか凛としている。
私の好きな方向のお酒だった。

旬の食材を使った和食にも、
とてもよく合った。

さすがだな。
新潟のお酒、久保田。

そして、
その久保田の中でも萬寿。

百寿。
千寿。
萬寿。

百、千、萬。

その一番上に「萬」がいるという名前まで、
なんだか気持ちがいい。

その夜、私は思う存分、萬寿を楽しんだ。

後になってお会計を聞き、
ちょっと驚いた記憶はある。

けれど。私はお会計には関係ない。

ごちそうさまでした。

気分よく席を立った。

お二人は、
どうやらまだ
二次会にも付き合ってほしそうな
顔をしていた。

でも私は、
「ありがとうございました。
ごちそうさまでした」

そう言って、ひゅーっとタクシーへ。
そして帰っていった。

今でも「久保田」という文字を見ると、
私はあの夏の夜を思い出す。

ペパーミントグリーンのワンピース。
和食の膳。
萬寿の澄んだ味。

そして——目をくりくりさせながら、
首を縦にふんふん振って、
前のめりになっていたお二人。

萬寿の味と一緒に残っているのは、
少し艶やかで、
なんとも可笑しく、
そして妙に愛おしい、
夏の夜の一場面なのである。

ちらり魅せ
萬寿ひと口
夏の宵
笑う三人
杯に残る

— Morimura