見上げれば
待たぬ夜空に
月ひとつ
逢うつもりなき
逢瀬ほど沁む
外へ出ると、もう夜の帳が下りていた。
風が気持ちいい。
「風さん、そこにいるのね」
さっきまでは送迎の車の中
だったからだろうか。
こうして風さんに逢うのが、
なんだかとても久しぶりのような気がした。
ホテルを後にし、自分の居場所へ戻る。
ごろんと横になって、
さて何をしようと思った。
今日はいつものアイマスクもない。
眠ろうという気にもならず、
そのまま少し物語の世界へ遊びに行った。
どれくらい経ったのだろう。
ふと視線を上げた、
そのときだった。
「あ、月」
思わず声が出た。
そこに、とても美しい月がいた。
満月までは、ほんの少し。
まん丸になる一歩手前の月が、
夜空に静かに浮かんでいた。
綺麗。
しばらく、ただ見ていた。
月の表面にうっすらと見える影。
あの辺りに、遠い昔から語り継がれてきた、
悲しい物語を背負ったうさぎがいるのかしら。
そう思った途端、
それまでただ美しいと思っていた月に、
ほんの少し哀しさが混じった。
明るいのに、どこか寂しい。
満ちようとしているのに、どこか儚い。
そんな月の姿に、
私は「もののあはれ」
という言葉を重ねていた。
そういえば今夜は十五夜だった。
そのことさえ、私はすっかり忘れていた。
「さあ、今日は十五夜だから月を見よう」
そう言って空を見上げたわけではない。
お団子を用意したわけでもない。
月が昇る時間を待っていたわけでもない。
ただ何気なく顔を上げたら、
そこに月がいた。
だからこそ、
こんなにも心に響いたのかもしれない。
逢おうとして逢ったのではない。
探して見つけたのでもない。
思いがけないところで、
思いがけない瞬間に、
ふっと目の前に現れた。
それはまるで、月のほうから、
「今夜くらい、私を見ていきなさい」
そう声をかけてくれたようだった。
考えてみれば、
こんなふうに静かに月を見つめたのは、
ずいぶん久しぶりのような気がする。
十五夜だから美しいのではない。
名月と呼ばれているから美しいのでもない。
何も期待していなかった心の中へ、
突然差し込んできた光だったから、
美しかった。
予定していないものが心に触れるとき、
人は少し無防備になる。
だから、その美しさがまっすぐに入ってくる。
今夜の月は、
私にとってそんな月だった。
月見をした夜ではなく、
月に見つけてもらった夜。
そう思えば、この何気ないひとときも、
十五夜からもらった
小さな贈りものなのかもしれない。
ふと逢えば
名もなき時が
月となり
心の水面に
ひと紋を描く
— Morimura
余情の小径 |忘れていた十五夜🌕
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