3時に起きるつもりだった。

お風呂に入り、
髪を洗い、
メイクをして、
着替える。

そして、朝まで使うものを
最後に荷物へ収める。

シャンプー。
トリートメント。
ドライヤー。
スキンケアの一式。

それらを片づけ、
残りの荷物をまとめ、
部屋を整える。

最後には床をきれいに拭いて、
数日過ごした気配まで
そっと整えてから扉を閉める。

身体も、
身支度も、
荷物も、
部屋も。

すべてを整えて出る。

それが、今朝思い描いていた朝だった。

「立つ鳥跡を濁さず」

そんな言葉が似合うような、
静かな旅立ちにするつもりだった。

けれど昨夜。
一日の振り返りの日記を書きながら、
私はそのまま眠りに落ちていた。

眠ろうと思って眠ったわけではない。
アラームをセットするところまでさえ
辿り着かなかった。

ふっと目を覚まし、
時計を見る。5時12分。

「しまった」最初に浮かんだのは、
そのひと言だった。

そして、ほとんど同時に、どうする。

頭の中に、その問いが走った。

不思議と、
自己嫌悪はなかった。

なぜ起きられなかったのだろう。
どうして昨夜あのまま
眠ってしまったのだろう。
そんなふうに
自分を責めている時間はなかった。

寝坊した。

それはもう変えられない。

ならば、今、どうすれば一番いいのか。

考えるべきことは、
ただそれだけだった。

3時からするはずだったことを
すべてこなす時間は、もうない。

お風呂に入ること。
メイクをすること。
着替えること。
最後の荷物をまとめること。
部屋を整えること。
床を拭くこと。

全部を取り戻そうとすれば、
そのぶん帰る時間が遅くなる。

だから私は、
少しでも早く帰ることを一番にした。

昨夜のうちにまとめていた荷物だけを持つ。

朝使ってから
最後に片づけるつもりだったものは、
そのまま置いていく。

シャンプーも、
トリートメントも、
ドライヤーも、
スキンケアの一式も。

部屋を整えることも、
床をきれいに拭くことも、
今朝はいったん手放した。

慌てて何もかも放り出した、
という感覚ではなかった。

どちらかといえば、
普段の外出のように、
必要なものだけを持って出る。
そんな選択だった。

本当なら、
きちんと整えて出たかった。

次にこの部屋へ戻るのは、
今日の夜でも、明日の朝でもない。

3日の夕方。

しばらく部屋を空けるからこそ、
暮らしの気配を残さず、
気持ちよく扉を閉めたかった。

けれど、寝坊したものは仕方がない。

できなかったことを数えて
立ち止まるより、

今できることの中から、
一番いいと思えるものを選ぶ。

あの瞬間の私には、
それが必要だった。

予定していた始発には乗れなかった。

けれど、次の電車には乗ることができた。

席に身体を預けたとき、
ようやく胸の奥から、

「ああ、乗れた」という安堵が広がった。

そこで初めて、
少しだけ呼吸が戻った気がした。

もちろん、
これで朝の支度が終わったわけではない。

私はまだ、
お風呂にも入っていない。
メイクもしていない。
着替えてもいない。

自宅へ戻ったら、
今朝できなかったことを
そこから始める。

お風呂に入り、
メイクをして、
着替えて、それから会社へ向かう。

だから、
電車の到着だけを見れば
予定との差はわずかでも、

今日の朝そのものは、
決して数分の遅れでは済んでいない。

それでも、今朝の自分の選択を
間違っていたとは思わない。

私はたぶん、
整えることが好きなのだと思う。

部屋を整える。
身なりを整える。
心を整える。

それらをきちんとしてから
次へ進むことが好きだ。

けれど、いつもすべてが
思い描いた通りに整うわけではない。

そんなときに、できなかったことへ
心を置き続けるのではなく、
いま何を一番にするのかを選ぶ。

それもまた、
ひとつの「整える」なのかもしれない。

今朝できなかったことは、
3日の夕方、
あの扉をもう一度開けたときに
続きをすればいい。

シャンプーも、
トリートメントも、
ドライヤーも。暮らしの途中のまま、
あの部屋で待っている。

だから今朝は、

きれいに閉じた朝ではなかった。

ひとつの物語を終えたように
扉を閉めた朝でもなかった。

暮らしの途中に、
そっと栞を挟んで出てきた朝。

完璧ではない。
けれど、あの5時12分の私が、
その瞬間にできることの中から
一番いいと思う道を選んだ。

それでいい。

整わない朝にも、
進む道はある。

今朝の私は、
それをひとつ覚えたような気がしている。

整はぬ
朝に残せし
暮らしあり
いま為すべきを
選びて発ちぬ

— Morimura