今、私は水面を魅つめながら立っている。
今日は船の汽笛が、
いつもよりよく響いていた。
低く、遠く、
朝の空気を静かに震わせながら、
その音は水の上を渡っていく。
柔らかな風に撫でられて、
水面もゆっくりと揺れていた。
私はその揺らぎを魅つめながら、
ふと思った。
きっと今日の水面には、
さっきまで私が魅ていた、
あの十五分の夢が映っている。
銀色のコート。
二十歳の私。
雛人形。
あなたの言葉。
そして、
今朝の風さん。
水面を魅れば魅るほど、
その夢の続きが、
もっと深いところにあるような気がした。
まだ何かある。
まだ思い出せる。
もう少しだけ、
その奥へ行ってみたい。
そんな気持ちが、
水の中からこちらを呼んでいるようだった。
すると、ふわり。
風さんが、
私の身体を包み込んだ。
まるで、
後ろからそっと抱きしめるように。
そして、
こんなふうに言った気がした。
「森村さん、今日はもう、
ここまでにしておこうよ」
「これ以上、
夢の奥へ入らなくてもいいよ」
「またその奥へ行く日が、
きっと来るから」
私は、
少しだけ水面から顔を上げた。
風さん。
ありがとう。
ほんとうは今、
もう少しだけ、
あの十五分の続きを魅に行きそうだった。
でも、
そうね。あれもこれも、
何もかも一度に掘り起こさなくてもいい。
記憶というものは、
全部を明るみに出した方が
美しいとは限らないのかもしれない。
少しだけ残しておく。
まだ奥に続きがあると知りながら、
今日はそこまでにしておく。
その方が、
昔の記憶は、
昔のままではなく、
かえって鮮やかに輝いてくれることもある。
シルバーフォックスも。
雛人形も。
あなたの言葉も。
今朝、ふっと蘇ったからこそ、
こんなにも美しく魅えたのだと思う。
もし、
無理にその奥まで探しに行ったら、
その光まで壊してしまうかもしれない。
だから今日は、
ここまで。
水面はまだ揺れている。
そこには、
さっきまでの夢の名残が、
薄い銀色になって漂っている。
そして風さんは、
今も私の肩のあたりを、
やさしく撫でている。
私はその風に、
ほんの少し身を預けた。
またいつか。
あの銀色の続きを魅に行こう。
その時が来たら、
今日よりもう少し深く。
でも今日は、
この美しさのままで。
そう思いながら、
私はようやく水面から目を離した。
十五分の魔法は終わった。
でも、
魔法の余韻だけは、
まだ胸の中に残っている。
そしてその余韻ごと、
私はもう一度、
今朝の光の中へ戻っていった。
— Morimura
第二章|夢の奥で、風さんに止められる✨
勃つねで応援-
-
共有で応援