今日は朝から、風さんの姿に魅入っていた。

銀色に光る、
まるで一艘の銀色の船のような姿。
その光を魅つめていたら、
私の記憶まで、
ふっと遠いところへ飛び立った。
行き着いた先は、
二十歳の頃の私だった。

そういえば、あの頃の私は、
なぜかシルバーフォックスの
毛皮のコートが欲しかった。

成人式の着物を作りに行くという
話になったときにも、
「着物はいらない。
それより毛皮のコートが欲しい」
そんなことを親に言った。
当然のように怒られ、
見事に却下。

そして成人式の集まりの日。
同級生のひとりが、
毛皮のロングコートにハイヒールという姿で、
颯爽と歩いていた。
昔から少し大人っぽい子だったけれど、
「ああ、ますますかっこいい女性に
なったんだな」
そう思いながら魅つめていた。

私もロングはいらない。
でも、
ショート丈のシルバーフォックスが欲しい。
そんなことを思っていた。
そして結局、
あのコートは
あなたに買ってもらったんだったね。

ところが——あなたは私に、
「それを着て一緒に歩くな」と言った。
だから、せっかく手に入れたあのコートも、
着たのはほんの数回だったような気がする。

二十歳。
まだ学生だった私。
なぜか私は、
実際の年齢より
少し上に身えることが嬉しかった。
二十五、六歳くらいに見られると、
「やった」と思っていた。

大人の女性の服を着ることが、
かっこいいと思っていたのだろう。

ところがあなたは、
そんな格好をする私をあまり喜ばなかった。
あなたが好きだったのは、
ミニスカートにブーツ。
ショートパンツ。
そして、なぜだか、
私が若々しい格好をすること。

一緒に出かけようとすると、
服装のことでよく喧嘩をした。

花火大会へ行こうと言った日も、
たしか揉めた。

大阪へ行こうとなったときもそう。
私はワンピースにハイヒールで、
すっかり出かける気になっていたのに、
「着替えて」と言われた。

結局、
カジュアルなセーターに、
ロングのプリーツスカート。
足元はコインローファー。

今思えば、
なんでそこまで服装で揉めていたんだろう。
少し笑ってしまう。

でも、
そんなふうに始まった大阪の日も、
ほどなく仲直りしていた。
相撲を観て、
大阪の相撲部屋で
初めてちゃんこ鍋を食べた。
あの味は、
今でも忘れられない。

そして私たちは、
本当に思いつくままに動いていた。
「焼肉食べに行こう」
「蟹、食べたい」
「ふぐ行こう」
「寿司にしよう」

時計なんて、
あまり関係なかった。
思いついたら、
何時からでも出かけていく。
食べたあとは二人でバーへ行って飲む。

不思議なことに、
カラオケへ行った記憶はほとんどない。
食べて、
飲んで、
話して。
また次の面白そうなことを探す。

今から思えば、
若さの勢いそのものだったのかもしれない。
朝から晩まで遊んでいたようにも思える。

でも、
アルバイトも結構頑張っていた。
あの頃からだったのかな。
どうすれば効率よく動けるか、
そんなことをいつも考えていた。
家庭教師は3軒掛け持ち。
一日に3軒まとめて回れば、
学生にしてはなかなかいい収入になった。

その都度お金をいただく家もあれば、
月末にまとめてくださる家もあった。
ただし、
困ったこともある。

ご飯。

どの家へ行っても、
ケーキや食事を出してくださる。
ありがたい。
でも3軒続けば、
さすがに苦しい。

そしてもうひとつ困ったのが、
お手洗い。
移動していれば当然行きたくなるのに、
家へ着くなり、
「お手洗い貸してください」と言うのが、
なぜかものすごく恥ずかしかった。

そんなアルバイトの合間に友達と遊び、
あなたと遊び、
自分がやりたいと思ったことを
目いっぱいやっていた。
将来のことなんて、
今ほど深く考えていなかった。

明日より、
今日。
先のことより、
今、面白いこと。
そんな二十歳だったのだと思う。

でも今振り返れば、
あの時間は決して無駄ではなかった。

いろんな場所へ行った。
いろんなものを食べた。
いろんな人を魅た。
そして何より、
あなたと一緒だったからこそ、
知ることのできた世界がたくさんあった。

だから今、
そんなふうに思える。

もうあなたはいない。
けれど、
あなたと過ごした日々は消えていない。
それは、大切な経験として。
大切な思い出として。
そして、
今の私を形作った大切な記憶として。
ちゃんと、ここにある。

だから私は、
101の前に立つと、
思わず感謝するように
手を合わせたくなるのだろう。
「ありがとう」
その一言を、
もう一度届けるように。

そんな二十歳の私を思い出した今日。
エステで出逢った若い女の子を魅ながら、
私は少しだけ、
昔の自分と彼女を重ねていた。

そわそわして。
緊張して。
心の中では焦って。
でも一生懸命で。
もしかすると、
二十歳の頃の私も、
あんなふうだったのだろうか。

若いっていいな。そう思った。
羨ましいとも思った。
あの初々しさは、
今しか持てない美しさだと思う。

けれど——私は、
あの頃の私に戻りたいとは思わない。
なぜなら、今の私が、一番好きだから。

二十歳から今日まで。
いくつもの月日が流れた。
嬉しいことも、
苦しいことも、
言葉にはできないこともあった。

いろんな色の世界を通り抜けて、
群青の世界を覗き、
そしてまた白へ還る。

そんな営みを何度も繰り返しながら、
今の私ができあがった。
若さは、
きらきらした光なのだと思う。
まぶしくて、
真っ直ぐで、
まだ何色にも染まっていない光。

でも今の私は、
その光の中へ戻るより、
もっと深く。
もっと静かに。
もっと神秘的な世界を、
これから覗いてみたい。

もしそれが、
年を重ねるということなら。
それも、
なかなか素敵ではないか。

懐かしい二十歳の記憶。
銀色の風さんが、
今日の私のところまで運んできてくれた、
遠い日の私。

だったら今日は、
ほんの少しだけ、
あの頃の私を借りてみようかな。

少しキャピキャピして。
少し無邪気に。
面白そうと思ったら、
すぐ扉を開けて。

でも心の奥には、
今まで重ねてきた年月をちゃんと抱いたまま。

二十歳には戻らない。
戻らなくていい。
ただ今日は、二十歳だった私と、今の私。
二人一緒に、
一日を遊んでみよう。

銀の風
二十歳のわれを
連れ来たり
戻らぬ今を
いっそう愛す

— Morimura