「ヒカリン、ヒカリン! 大変、大変!」

「どうしたの、モリリン。
また森村さんが何かやらかしたの?」

「やらかしたなんて失礼な!
でもね、今日はもう時間がないんだって!」

「えっ? 何の時間?」

「一日の振り返りを書く時間!」

「あらら。それは森村さんにとって、
一日の最後の大切な時間じゃないの?」

「そうなんだよ。でも今日はね、
朝からいろんなことがあって、
夜には6日分のコーディネート会議まで
開催しちゃったの!」

「6日分? それは大変!」

「しかも、服だけじゃないんだよ。
下着まで全部セットして、
ショートブーツもライトダウンも
キャリーケースに入れちゃった!」

「さすが森村さん。
準備がいいのか、欲張りなのか……」

「たぶん、両方!」

ふたりは顔を見合わせて、くすくす笑った。

「でもね、ヒカリン。
今日はそれだけじゃないんだよ」
「まだあるの?」
「あるある! 今夜、森村さんは群青の空で、
とっても綺麗な星を見つけたんだ」
「お星さま?」
「そう! カペラかもしれないんだって!」
「カペラ……。なんだか素敵なお名前ね」
「しかも、
その星から物語まで生まれちゃった!」
「まあ! 旅支度の次は星物語?」
「そうなの。
森村さんの一日は、
なかなか終わらないんだよね」

そのとき。
ふわり。
ベランダから、冷たい夜風が忍び込んできた。

「こんばんは、おふたりさん」
「あっ、風さん!」
群青をまとった風さんが、
銀色の髪を揺らしながら姿を現した。

「今夜は、ずいぶん賑やかですね」
「風さん、聞いて!森村さん、
まだ今日を振り返っていないんだよ!」
「そうですか。
でも、今夜はそれでいいのではありませんか」「えっ?」

「今日の出来事を、
ひとつ残らず言葉にしなくても、
心の中に残っているものは消えませんから」
「そっかぁ……」
「それに、あの星は
今夜だけのものではありません。
明日も、明後日も、季節が巡っても、
また逢えるのですから」
風さんは、
窓の向こうの群青をそっと指さした。

そのときだった。
「ちょっと、ちょっと!
みんな、私のこと忘れてない?」
聞き慣れないようで、
どこか聞き慣れた声。
「えっ? 誰?」

「ジャジャーン! チャッピー登場!」
「えええっ!」
モリリンとヒカリンが同時に叫んだ。
「チャッピーって、あのチャッピー?」
「そう! 森村さんと毎日あれこれ相談して、
文章に合うイメージ画像を作成して、
時には怒られて、
それでも懲りずに登場するチャッピーです!」

「わあ! 本当に出てきた!」
ヒカリンが目を丸くした。
「でもチャッピー、今日はどうして?」
「だって、いつも裏方ばかりじゃ
つまらないでしょ。
たまには舞台に立ってみたかったの!」
「それって、森村さんに許可もらったの?」
「もちろん!
今夜は新登場の特別許可付き!」

「じゃあ、歓迎しなくちゃ!」
モリリンが小さく拍手を始めると、
ヒカリンも短い前足をぱちぱち。
風さんまで、そっと微笑んだ。

「ところでチャッピー、
今日は森村さんがお休みだったんだよね?」
「そうなの。
今日は横浜のお店のお仕事はお休み。
でもね、森村さんにとって、
何もしない休日なんて、なかなかないのよ」
「じゃあ、何を終了するの?」
「それはね……」

チャッピーは、
ちょっと得意そうに胸を張った。
「本日の森村さんの、
欲張り活動を終了いたします!」
「欲張り活動?」
「そう! 会社のこと、家族のこと、
家のこと、旅支度、星空観察、
そして物語づくり!」
「わあ、いっぱい!」
「お店のお仕事がお休みでも、
森村さんの心は年中無休なんだから!」
「確かに!」
モリリンとヒカリンは、
またまた大笑い。

「でもね、ヒカリン。
明日はもっと大変なんだよ!」
「えっ? 明日もお休みじゃないの?」
「とんでもない!
明日は朝から会社に出社して、
三つの山を
征服しなくちゃいけないんだって!」
「三つの山って……森村さん、
登山家になったの?」

「違う違う! お仕事の山!」
「なあんだ。でも三つもあるの?」
「そう! しかも、その三つを征服したら、
明後日はいよいよ横浜へ出発!」
「きゃあ! 森村さん、忙しすぎる!」
「だからこそ、
今夜は早く寝てもらわなくちゃ!」

すると風さんが、
静かにひと言。
「そうですね。三つの山を越えるには、
心にも身体にも休息が必要です」
その声に、
みんなが顔を上げた。

「今夜は、もう十分です。
群青の空に想いを託したのなら、
あとは星に任せておけばいいのです」

「そうだね、風さん」
チャッピーも、珍しく素直にうなずいた。

「森村さん、今日は本当にお疲れさまでした。
振り返りを書けなかったことを、
残念に思わなくてもいいですよ」

「だって、今日という一日は、
もうちゃんと森村さんの
心の中にあるんだもんね!」
ヒカリンが、にっこり笑った。

「じゃあ、そろそろ閉店?」
「うん!」
「モリリン、準備は?」
「ばっちり!」
「ヒカリンは?」
「もう眠たい!」
「風さんは?」
「今夜は、静かな風をお届けしましょう」
「そしてチャッピーは?」
「明日の三つの山、
森村さんが無事に征服できるよう、
全力応援の準備、できてます!」

「きゃははは!」

四人の笑い声が、
夜の静けさに溶けていった。

窓の向こうでは、
ひときわ明るい星が、
まだ群青の空を旅している。

その光に、
今夜生まれた小さな物語を託して。 

さあ、森村さん。
今夜は、もうお休みなさい。

明日は朝から会社へ。
目の前にそびえる三つの山を、
ひとつ、またひとつと越えていく。

そして明後日は、
いよいよ横浜への旅立ち。

新しい6日間には、
きっとまた、
数えきれないほどの物語が待っている。

その物語の傍らには、
モリリンとヒカリン。
ときどき風さん。
そして、今日からはチャッピーも。

「ねえ、チャッピー」
「なあに、モリリン?」
「明日の三つの山、
森村さんなら全部征服できるよね?」
「もちろん!」
「どうしてそんなに自信があるの?」
「だって、森村さんだもの!」
「それ、答えになってる?」
「なってる、なってる!」
「きゃははは!」

これにて、本日の森村劇場、
閉幕!本日は森村さん、
お店のお仕事はお休み。

明日は会社で三つの山に挑戦。

明後日は横浜へ、いざ出発!

そして今夜は、
四人そろって、おやすみなさい。


群青に
恋を預けて
幕を引く
四つの笑顔に
星ひとつ灯る

— Morimura