今夜こそ、早く眠ろう。
そう思っていたはずなのに、
気がつけば、時計の針は
ずいぶん先へ進んでいた。
明後日からの6日間。
その日の気分や訪れる場所、
秋の深まりを思い浮かべながら、
一着、また一着と服を選んでいく。
ようやく6日分のコーディネートが決まり、
キャリーケースに収めたところで、
ふと思いついてしまった。
そうだ。
下着も、それぞれの服に合わせておこう。
やめておけばいいのに。
結局、6日分をきちんと揃えてしまった。
ショートブーツにライトダウン。
いつもの野菜ジュースに、
メイクセット、洗剤、細々としたもの。
あとは出発する朝に、
冷凍ご飯とゆで卵、
冷凍明太子を詰めるだけ。
ようやく準備が整い、
ゆっくりとお風呂に浸かった。
そして今。
湯上がりの身体に、
少し冷たくなった夜風が心地よい。
ベランダに出て、
温かなコーヒーをひと口。
ふと、空を仰いだ。
今日の昼間の空は、
雲ひとつない、
限りなく透明に近い空色だった。
どこまでも澄み渡る青。
世界そのものが輝いているようだった。
けれど今、
その空はまったく違う表情をしている。
夜の帳が静かに降り、
空一面を深い群青が包んでいた。
私は、この色が好き。
眩しいほどに輝く昼間の空も美しい。
けれど、どちらが好きかと尋ねられたら、
迷わず今夜の群青を選ぶだろう。
すべてを明るみに出す光ではなく、
何かを胸の奥に秘めているような、
静かで、深く、どこか謎めいた青。
何も語らないようでいて、
数えきれないほどの物語を
その内側に抱いている。
だからなのだろうか。
夜になると、
何かに呼ばれるようにベランダへ出て、
空を魅つめたくなるのは。
そして今夜も、
その群青の中に、
ひときわ明るく輝く星を見つけた。
白いようで、
ほんのり黄金色を帯びたその光は、
深く沈んだ群青によく似合っていた。
何という星なのだろう。
スマートフォンのカメラを向け、
画面を拡大してみる。
すると、肉眼では気づかなかった
小さな星たちが、
その周りにもちらちらと輝いていた。
あら、こんなところにも。
ここにも。
まるで小さな星たちが、
ひときわ輝くその星を
そっと引き立てているようだった。
調べてみると、
どうやらその星は、
ぎょしゃ座の一等星、
カペラかもしれないという。
カペラ。
初めて意識したその名前を、
心の中でそっと繰り返した。
黄金色を帯びた白い輝き。
冬の訪れを告げる星。
そして、その星は今、
横浜の夜空からも見えるのだという。
横浜。
その二文字を思い浮かべた瞬間、
私の心は、不意に遠くへ飛んでいった。
ねえ、あなた。
もしかしたら今、
あなたもこの星を眺めているのかしら。
同じ夜空の下。
同じ群青の中。
私が魅つめているこの星を、
あなたもどこかで
魅つめているのかもしれない。
そう思った途端、
胸の奥が、じんと熱くなった。
不思議ね。
たったひとつの星なのに。
遠く離れた場所からも
同じ光を眺められると知っただけで、
こんなにも心が動くなんて。
逢えない時間の中で、
何度もあなたのことを思い浮かべる。
何気ない言葉。
ふとこぼれた笑顔。
一緒に過ごした時間の温もり。
そんな小さな記憶が、
ひとつ、またひとつと胸に浮かんでは、
静かに心を満たしていく。
そして最近、
私は自分の心の中を
旅しているような気がしている。
どこへ向かっているのか、
まだ自分でもよくわからない。
けれど、心に浮かぶ景色を辿ると、
いつの間にか、そこにはあなたがいる。
風を感じても。
空を魅つめても。
何気ない言葉を綴っていても。
その景色はいつしか、
あなたを想う恋模様に染まっている。
もう、そんな自分の心を
無理に隠さなくてもいいのかもしれない。
誰かを想うこと。
逢いたいと願うこと。
その想いが胸の奥で
静かに熱を帯びていくこと。
それはきっと、
今の私に与えられた、
かけがえのない心の風景なのだから。
もう一度、空を仰いだ。
カペラと思われるその星は、
先ほどよりも少し高いところで輝いていた。
北東の空から、
ゆっくりと東の空へ。
私があれこれと思いを巡らせている間にも、
星はその歩みを止めることなく、
天空へと昇っていた。
その姿を魅つめながら、
ふと思った。
星は、何も知らない。
私が誰を想い、
どんな言葉を胸に秘め、
どれほど逢いたいと願っているのか。
それでもいい。
今夜だけは、
この星にひとつお願いをしてみたい。
ねえ、カペラ。
あなたは、
冬の訪れを告げる星なのだという。
冷たい風が吹き始め、
季節が静かに移り変わっていくことを、
その輝きで知らせてくれる星。
でもね。
今夜の私には、
冬の訪れを告げるよりも、
もっと伝えてほしいことがあるの。
遠くにいる、あの人へ。
私の胸の奥にある、
まだ言葉になりきらない想いを。
あなたに逢いたい。
早く、あなたに逢いたい。
そのひと言に込めた、
たくさんの気持ちを。
どうか、
その黄金色を帯びた白い光に乗せて、
あの人のいる空まで
届けてくれないかしら。
もしも今、
あなたが同じ星を眺めていたなら。
その光の中に、
私の小さな恋心を
感じ取ってくれたなら。
それだけで、
今夜の群青は、
忘れられない空になる。
秋の夜風が、
少しずつ冷たさを増してきた。
手にしていたコーヒーも、
いつの間にかぬるくなっている。
そろそろ、
部屋へ戻らなくてはいけない。
けれど、もう一度だけ。
そう思って、空を仰いだ。
群青の奥で、
あの星は変わらず輝いていた。
私がベランダを離れても、
星はきっと夜空を旅し続ける。
そして私の想いも、
あの星と一緒に
あなたのいる空へと
旅していくのかもしれない。
ねえ、あなた。
今夜、あなたの空には、
どんな星が輝いていますか。
もしも、
ひときわ明るい星を見つけたら、
ほんの少しだけ、
私のことを思い出してくれたら嬉しい。
私も今、
同じ星を魅つめながら、
あなたを想っています。
冬の訪れを告げる星、カペラ。
けれど今夜は、
季節の使者ではなく、
私の恋文を運ぶ使者になってほしい。
群青の空に、星ひとつ。
その小さな光に、
言葉にならないほどの想いを託して。
あなたに逢いたい。
今夜も、心からそう思っています。
群青に
ひとつ灯りし
星仰ぎ
君住む空へ
恋文を託す
— Morimura
星ひとつ、想いは海を越えて――群青の空に、恋文を託して✨
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