琵琶湖には、いくつもの顔がある。

青空を映す穏やかな昼の顔。
茜色に染まり、
一日を閉じていく夕暮れの顔。
そして、静かな水面に朝陽を迎える、
夜明けの顔。

そんな琵琶湖の風景の中に、
今も忘れられない一夜がある。

そこは、湖北…
琵琶湖のほとりに、古い料理旅館がある。

『琵琶湖周航の歌』が生まれた
宿のひとつとも伝えられる、
歴史ある旅館だ。

♪ われは湖の子 さすらいの……
かつて若者たちが、
この湖を舟で巡りながら胸に抱いた想い。
そんな遠い時代の息遣いが、
今もどこかに残っているような宿だった。

初めて訪れたとき、
驚いたのは、その建物の古さだった。
玄関は、まるで時代劇の一場面。
年季の入った上がり框を越えると、
畳敷きの空間が広がっていた。

案内された部屋は、確か10畳ほどの和室。
がらんとしていた。
部屋の片隅には、四本脚の古いテレビ。
おそらく、
もう映らなかったのではないかしら。

中央には、
昔懐かしい折りたたみ式のテーブル。
四本の金属脚を、
金具をキュッと挟みながら
伸ばしたり畳んだりする、
あの昭和の食卓だ。

私が見ても、いかにも古めかしい。
昭和という時代そのものが、
ここでひと休みしているようだった。

けれど。
その部屋には、
何にも代えがたい贅沢があった。

掃き出し窓を開けると、
目の前には、琵琶湖。
本当に、すぐそこに湖が広がっていた。
余計な建物も、華やかな飾りもない。
ただ、湖。
どこまでも続く水の広がり。

ああ、なんて素晴らしい眺めなんだろう。
古びた室内のことなど、
一瞬にして忘れてしまった。

この宿には、
豪華な調度品など必要ないのかもしれない。
窓の向こうに広がる琵琶湖そのものが、
何より贅沢な一幅の絵なのだから。

そして、この湖から届く
特別なご馳走があった。

モロコ。

琵琶湖を代表する、小さな高級魚。

女将さんは、
宿のすぐ前に広がる琵琶湖へ小舟を出し、
その日の朝にモロコを獲ってくるのだという。
なんとも贅沢なお話ではないか。

魚屋さんの店先に並んだ魚ではない。
ついさっきまで、
あの湖の中を泳いでいた魚。
その湖を眺めながら、湖の恵みをいただく。

さて、夕食。
この宿の名物は、鴨鍋だった。
大きな鍋に、山のように盛られた葱。

ぐつぐつ。ぐつぐつ。
火にかけられた鍋の中で、
葱が少しずつ熱を帯びていく。

やがて、あれほど山盛りだった葱が、
しゅうっと小さくなっていく。
なんだか面白い。

実は私、
昔から鴨肉があまり得意ではなかった。
だから、鴨鍋を囲みながらも、
せっせと葱ばかり
いただいていたような気がする。

けれど、寒い季節の土地にとって、
鴨は昔から大切な滋養のひとつ。
冷たい風が吹く湖畔で、
熱々の鍋を囲む。
そこには、長い年月の中で育まれてきた
暮らしの知恵があるのだろう。

そして、いよいよ。 
忘れられない一皿が運ばれてきた。
モロコの素焼き。
女将さんが朝、琵琶湖で獲ってきたという、
あのモロコだった。

それまでにも、
モロコの佃煮は食べたことがあった。
けれど、素焼きでいただくのは初めて。
確か、
ポン酢でいただいたように記憶している。

ひと口。
あら。なんて美味しいんだろう。
あっさりしている。
けれど、淡白という言葉だけでは
片づけられない、独特の旨みがある。

海の魚とは、どこか違う。
琵琶湖という
淡水の世界で育った魚ならではの、
素朴で繊細な味わい。
口の中に、湖の風景が広がるようだった。

気がつけば、みんな夢中になっていた。
もう一匹。
あら、私も。
そんな調子で、
まるで取り合いになるように、
モロコが次々と姿を消していく。

ふふふ。

あの小さな魚が、
あれほど強く心に残るとは思わなかった。

そして、もうひとつ。
あの夜には、
お酒にまつわる愉快な思い出もあった。
どなたかが差し入れてくださった一本のお酒。

さて、いただきましょうか。
そう言って栓を開けた途端、
シュワシュワシュワーッ!

まるで炭酸飲料のように、
お酒が勢いよくあふれ出してきた。
あらあら。
これは大変。

すると、誰かが笑いながら言った。
「若い、元気のいいお酒だねえ」
そのひと言に、みんなで大笑い。

ぐつぐつ煮える鴨鍋。
香ばしいモロコ。
そして、元気よく飛び出してきたお酒。

古びた宿の一室に、
賑やかな笑い声が満ちていた。

そんな楽しい夕食を終え、
私はそのまま、その宿に一泊することにした。
宿泊代は、確か5,000円。

けれど。問題は、その夜である。
広い和室に、ぽつんとひとり。
昼間は
あれほど風情があると思った古い建物も、
夜になると、なんだか様子が違って見える。

がらんとした畳の部屋。
古い柱。
静まり返った廊下。
まるで時代劇の世界に、
ひとり取り残されてしまったようだった。

しかも、この宿。
お手洗いが、庭に設けられた
離れのような場所にあった。
これが、なかなか怖い。

夜中、ふと目が覚めた。
ああ。
お手洗いに行きたい。
でも。あの暗い廊下を通って、
外の離れまで行くの?
ひとりで?

………無理。

どう考えても、無理。
結局、私は朝まで我慢することにした。

ふふふ。

今なら笑い話だけれど、
あの夜は本当に怖かった。

そして。
ようやく朝が来た。

窓の向こうが、少しずつ明るくなっていく。

まだ眠りの中にあるような琵琶湖。
その湖面に、ゆっくりと光が差し始めた。

やがて、朝陽が姿を現す。

ああ。
なんて美しいんだろう。
昇り始めた太陽の光が、湖面に映る。

きらきら。
ゆらゆら。

水の揺らぎに合わせて、
光もまた揺れている。

ひと筋だった光が、少しずつ広がっていく。
まるで湖そのものが、
朝陽を抱きしめているようだった。

昨夜まで、あんなに怖いと思っていた宿。
古びた部屋も、
心細かった夜も、
今はすっかり遠くへ消えている。

目の前には、ただ美しい琵琶湖。
この宿の女将さんは、
毎朝こんな景色を眺めながら、
一日を始めるのかしら。

窓を開ければ湖。
小舟を出せば、湖の恵み。
そして、朝陽は水面を黄金色に染めながら、
新しい一日を運んでくる。

なんて素敵な暮らしなんだろう。
もちろん、湖とともに暮らす日々には、
私の知らない苦労もたくさんあるに違いない。

けれど、あの朝の光景だけは、
何ものにも代えがたい贈り物のように思えた。

あれから、どれほどの月日が流れただろう。

モロコの素焼きの味。
山盛りの葱が
しゅうっと小さくなっていく鴨鍋。
勢いよくあふれ出した、若くて元気なお酒。
そして、
怖くてお手洗いにも行けなかった一夜。

どれも鮮やかに思い出せる。
けれど、その記憶のいちばん奥にあるのは、
やはりあの朝の琵琶湖だ。

静かな湖面に映る朝陽。
水に揺れる光。
何も飾らない、ただそこにある美しさ。

思えば、あのとき私は、
今のように
毎朝の空や水の表情を
追いかけていたわけではなかった。
それでも、心のどこかに、
あの光景を大切にしまっていたのだろう。

そして今。
横浜の海に朝陽を迎え、
湖の水鏡に想いを寄せるたびに、
遠い日の琵琶湖が静かに顔を出す。

水辺の風景は、
時を越えて
心の中でつながっているのかもしれない。

また、モロコの美味しい季節になったら。
ぜひ、あの湖畔の宿を訪ねてみたい。
あの素焼きの味に、
もう一度出逢いたい。

ただし。
お泊まりは……。

うーん。

やっぱり、
ちょっと遠慮しておこうかしら。

ふふふ。

水鏡は、過ぎ去った時間さえも映してくれる。
あのモロコの味も、
湖に映った朝陽も、
今も私の中で静かに息づいている。

そして、いつかまた訪れる日のために、
あの湖はきっと、
変わらぬ朝の光を用意して
待っていてくれるのだろう。


湖の辺に
モロコの味を
偲びつつ
水鏡に揺る
朝陽を想う

— Morimura