朝の冷え込みが、まるで嘘のようだった。

お昼少し前。
外はやわらかな日差しに包まれ、
頬を撫でる風も、なんとも心地よい。

私は、近くの和菓子屋さんへと出かけた。
お目当ては、三色団子。

今朝、群青の星空を見上げながら、
ふと思い浮かべた、あのお団子だ。

空を見上げる。
どこまでも澄み渡る、淡いブルー。
以前の私なら、
きっとこう表現していただろう。
限りなく透明に近い空色。

けれど、今の私には少し違って魅える。
限りなく透明に近いブルー。
その透明な青の奥には、
今朝魅つめた深い群青の世界が、
まだ静かに息づいているような気がした。

夜の天空に散りばめられた、白く輝く星たち。
その星に込めた願いが叶ったかのように、
群青の世界へ白い光が溶け込んでいく。
そして、夜と朝のあわいをくぐり抜け、
やがて生まれた、この澄み切った空色。
そんなふうに思えてならなかった。

不思議なものだ。
空は、いつもそこにある。
けれど、今朝の私には、
昨日までとは少し違う空が広がっている。

大地には、水鏡。
天空には、群青鏡。
そして、そのふたつの鏡のあわいには、
私の心。

そんなことを考えているうちに、
なぜか三色団子が食べたくなった。

ふふっ。

天空と大地の壮大な世界から、
突然、三色団子だなんて。
けれど、私にはちゃんと理由があった。

今朝、夜と朝のあわいを歩きながら感じた、
あの心の静けさ。
あの白い余白を、
もう一度味わってみたかったのかもしれない。

三色団子。
お花見の季節だけでなく、和菓子屋さんには一年を通して並んでいることも多い。
私も昔から好きで、何気なくよく食べていた。
けれど、
あの三つの色に意味があると知ったのは、
いつだっただろう。

そうだ。

去年か、一昨年か。

「花より団子」という文章を
書いたときだったかもしれない。

家族と過ごしたお花見花。
花見が終わったら
食事に行こうという話になり、
「そりゃそうでしょう。花より団子でしょ」
そんな何気ないひと言から、
三色団子のことを調べてみた記憶がある。

ピンク、白、緑。
一般には、ピンクは春の桜。
白は冬の名残の雪。
そして緑は、春になって芽吹く新緑。

諸説あるものの、
あの小さなお団子には、
季節の移ろいが込められているという。

なるほど。
なんとも風情のある和菓子ではないか。
そんなふうに思ったものだった。

ところが、今朝。
私の中で、その三色が
まったく違う意味を持ち始めた。

いちばん上のピンク。
それは、私にとって天空の色。
朝陽に染まるピンクゴールド。
その光が生まれる前には、
深い群青の世界がある。
星たちが輝き、果てしなく広がる天空。
私の心を映してくれる、群青鏡。

そして、いちばん下の緑。
それは大地の色。
山々の緑。
風に揺れる木々。
そして、湖面に広がる水鏡。
流れゆく時を抱きながら、
過去も今も、私の心を静かに映してくれる。
大地に抱かれた、もうひとつの鏡。

そして、その真ん中にある白。
ここが、今朝の私には何より大切だった。
白は、私の心の余白。
何も知らなかった頃の白ではない。
幾重もの人生を歩き、
喜びも悲しみも、
さまざまな色を知ったうえで、
もう一度白に還っていく心。
何色にも染まらないのではなく、
これからまた、
新しい色を迎え入れるための白。

天空と大地。
そのふたつをつないでいる、私の心。
なんだか、あの小さな三色団子の中に、
私の心の世界が
すっぽりと収まってしまったようだった。

そして、

早速ひと口。
ほんのり甘い。
やわらかく、
優しい甘さが口の中に広がっていく。

あら。

今日は、なんだか味わいが違う。

これまでなら、あまり深く考えることもなく、
ただ小腹を満たすために
頬張っていたのかもしれない。

けれど今日は違った。
そのほんのりとした甘さの奥に、
私が憧れてやまない天空の世界と、
水鏡の世界が広がっているような気がした。

群青鏡に映る、果てしない空。
水鏡に映る、流れゆく時間。
そして、そのふたつの鏡のあわいにある、
白い心の余白。

なんだか、遠く憧れていた世界に、
ほんの少し手が届いたような、
甘い誘惑の味わいだった。

ふふっ。

たった三つのお団子なのに。
こんなにも心を満たしてくれるなんて。

もちろん、
お団子そのものの味が変わったわけではない。
変わったのは、きっと味わう私の心。

昨日まで何気なく眺めていたものが、
今日という日の気づきによって、
まったく違う輝きをまとい始める。

同じ風景でも、
今の私だからこそ魅えるものがある。
同じ味わいでも、
今の私だからこそ感じられるものがある。
そう思うと、
日々の暮らしが、
なんだかますます愛おしくなってきた。

空を見上げる。
限りなく透明に近いブルー。
その奥には、今朝の群青鏡がある。

そして私の心には、白い余白がある。

さあ、明日はどんな色に出逢えるのだろう。
どんな風景を、
心に映すことができるのだろう。

そんな楽しみを胸に、
最後のひと口をそっと味わった。
天空と大地と、私の心。
今日の三色団子は、
なんとも贅沢な、小さな心のごちそうだった。


【昼の一首】

群青を
白にほどいて
ひと串に
空と水とを
心に映す

— Morimura