つれづれなるままに、まち暮らし、
スマホに向かひて、
心にうつりゆくよしなしごとを、
そこはかとなく書きつくれば——。

私はいつも、あわいをさまよっている。
思いがけず、
12年前の自分に出逢うことになった。

きっかけは、一枚の絵皿だった。
創業100周年を迎えた勝烈庵。

「かつれつ祭」でいただいた、
棟方志功の作品が描かれた記念の絵皿。
この絵皿は、
12年前から毎年一種類ずつ
贈られてきたもので、
今年が12回目になるという。

12年。

その数字が、妙に心に残った。
12年前といえば、
私は何をしていただろう。
どんなことを考え、
何を夢見ていたのだろう。
記憶をたどっていくうちに、
ひとつの名前が浮かび上がってきた。

「美shine」
日本語の「美」と、英語の「shine」
美しく、輝く。
なんとも素直で、少し欲張りで、
けれど当時の私の願いを
そのまま映した名前だった。

あの頃の私にとって、美しさとは、
まず自分自身を整えることだった。
食事会やパーティーへ出かける日には、
そこに集う人たちや場所の雰囲気を
思い浮かべながら、服を選んだ。
どんなアクセサリーを添えよう。
バッグはどれがふさわしいだろう。
華やかさの中にも、
場に対する礼節を忘れずに。

装うことは、
私にとって単なる飾りではなかった。
その場所、その時間、
そこでお逢いする人への、
ささやかな敬意でもあった。

「今日も綺麗ですね」
「いつも輝いていますね」
そんな言葉をいただくと、もちろん嬉しかった。けれど、その嬉しさの奥には別の思いがあった。

ああ、見えないところで
積み重ねてきた努力が、
ちゃんと届いたのだ。
褒められたのは、その日の服だけではない。
服を着るまでにかけてきた時間や、
自分を磨こうとする気持ちまで、
そっと認めてもらえた気がしたのである。

私は、努力することで人は
美しくなれると信じていた。
だからこそ、
それを自分自身で確かめたかった。

身体を鍛え、食事を見直し、
肌や表情にも心を配る。
加圧トレーニング、
身体の手入れ、
フェイシャルケア。
いろいろな方法を試しながら、
自分にできることをひとつずつ重ねていった。

それは誰かと競うためではなく、
まだ知らない自分に出逢うための
挑戦でもあった。
そんな私に、
思いがけない扉を開いてくれたものがある。
走ることだった。

走り終えたあとの、あの清々しさ。
頬をなでる風。
呼吸が落ち着いていくにつれ、
身体の奥から静かに満ちてくる喜び。
鏡の前で服を合わせるときとは、
まるで違う感覚だった。

誰かに「綺麗」と言われたわけではない。
何かを身にまとったわけでもない。
なのに、自分の内側に、
確かに光るものがあった。

これは、いったい何なのだろう。
疑問が生まれると、
知りたくなる。
食べたものは、
身体の中でどう働くのか。
筋肉は、どのように変わっていくのか。
運動することで、
脳や心には何が起きるのだろう。

ひとつ知れば、
また次の疑問が生まれた。
調べて、考えて、試してみる。
試したことが、
日々の暮らしを少しずつ変えていく。
気づけば私は、
美しくなる方法だけを探していたのではなく、
知ることそのものを楽しんでいた。

ここに、私の美意識の
小さな転機があったのだと思う。
以前は、人の目に映る
自分の輝きを大切にしていた。

今はそれに加えて、
自分の目で何を見つけ、
自分の心で何を感じ、
自分の頭で何を考えるかを、
大切にしたいと思う。

知識を得ること。
教養を深めること。
自然の移ろいに気づくこと。
昨日まで知らなかった言葉の意味に、
心をときめかせること。

そうしたものが、目には見えないけれど、
私という人間の内側に少しずつ積もっていく。
それもまた、美しさなのではないだろうか。
だからといって、
かつての私を否定する気持ちは少しもない。

美しい服を着れば、
今だって心は弾む。
似合う色を探す時間も、
きちんと装って人に逢う喜びも、
私の大切な一部だ。

外側を飾る美しさと、
内側から生まれる美しさ。
その二つは、
どちらかを選ぶものではなかった。
年月を重ねるうちに、
別々に見えた光が、
ひとつの場所で重なり始めたのである。

そして今、私の心には、
もうひとつの名前がある。
「いつかちゃん」
それは、まだ見ぬ未来に置いてきた
夢の名前ではない。

毎日の小さな発見や、
心に生まれた疑問や、
ふと書き留めた物語が、
少しずつ集まっていく場所。

12年前の「美shine」は、
美しく輝きたいと願う私の出発点だった。
「いつかちゃん」は、
輝きながら生きる日々そのものを、
いつかひとつの形にしたい
という願いなのだと思う。

あの頃、
私は美しく魅える自分を磨こうとしていた。
今の私は、
美しいと感じられる心も磨いていたい。

鏡の中の私から、鏡の外に広がる世界へ。
美しさは、減ったのでも、
入れ替わったのでもない。
ただ、私の中で、
その意味がゆっくりと広がってきたのだ。

「美shine」から、「いつかちゃん」へ。

ふたつの名前を結んでいるのは、
12年という時間ではなく、
その間、一度も消えなかった小さな願い。

今日より明日、
もう少しだけ、自分らしく輝いていたい。

その願いを胸に、
私はこれからも歩いていく。
風の向くまま、気の向くまま、
心のままに、ひらめくままに。

— Morimura