しばしの別れを惜しむように、
今朝はフルコースを歩いている。
けれど、さすがに少し疲れてきた。

公園のベンチに腰を下ろし、しばしの小休止。
朝の風に頬を撫でられながら、
写メ日記を書いている。

今日は、12,000歩以上歩こうと
決めていたわけではない。
それなのに、ふと歩数を確認すると、
すでに15,000歩を超えていた。
疲れるはずだわ。

それでも、自分のペースで気ままに道を選び、
目に映るものを魅つめ、
そっと触れ、
空気を感じ、
草木の香りを楽しみながら歩く時間は、
たまらなく心地よい。

浮かんでくる思いを
無理にまとめることもなく、
自由に頭の中でくるくると
巡らせながら歩いていく。

特に今朝は、美しい朝の光に
心を洗われた後だからなのだろう。
余計な思いや邪念が静かに削ぎ落とされ、
目の前にあるものが、
まっすぐ私の中へと入ってくる。
そして、そのたびに、
心の奥から何かがふわりと湧き上がる。
きっと、これを「感動」と呼ぶのだと思う。  

何か特別なことをしているわけではない。
ただ、自分の足で歩き、
自分の目で見て、
自分の心で感じているだけ。
けれど、こんな時間こそ、
本当はとても贅沢なのかもしれない。 

その贅沢な朝の時間も、もうすぐ終わる。
今日は8時には出社して、
10時には帰りたいと思っている。

家族には、
「私が帰ってきてから、
少し遅めの朝ごはんにしようね」と伝えてある。

家族ともしばしのお別れ。
だから、仕事を終えて家に戻ったら、
いつもの朝ごはんより少しだけ心を込めて、
「最後の朝餐」のつもりで腕を振るいたい。

何を作ろうか。
どんな顔で食卓を囲むのだろう。
そんなことを思い浮かべるだけで、
まだ何も始まっていない朝の食卓に、
もう少しだけ切なさが宿る。

今はまだ、公園のベンチの上。
朝の風に吹かれながら、
これから迎える家族との時間を思っている。
この道を歩き終え、
仕事を済ませ、
家へ帰れば、いつもの朝が待っている。

けれど今日は、その「いつも」が、
少しだけ特別に思える。
朝の光の中で、
まだ見ぬ食卓のぬくもりを胸に描きながら、
私はもうあと少しだけ、
この静かな時間に身を預けている。