目が覚めると、
そこは待機所の巣の中だった。

時刻は22時を回っていた。
最後に時計を見たのは、
確か20時を過ぎた頃だった。
ということは、たっぷり2時間、
睡眠貯金をしたことになる。

夕方の分まで合わせれば、
今日は4時間くらい
眠ったことになるのだろうか。
そのせいか、頭は驚くほどすっきりしていた。

せっかくこんなにすっきりしたのに、
もしかしたら今日は、
もうこのまま終わる時刻に
なってしまうかもしれない。

そういえば、さっきコンビニへ出てから、
ずっと外に出ていなかった。
お腹はそれほど空いていなかったけれど、
コンビニで買ってきたさけるチーズを食べて、
コーラを飲んだ。
久しぶりのコーラだった。

しかも、いつもの赤いコカ・コーラではない。
初めて見る、
グリーンをまとったコーラだった。
見慣れた赤の代わりにあしらわれた緑色が、
なんとも夏らしく、爽やかだった。

ひと口飲む。
シュワシュワとした炭酸が、
なんとなく粘りついていた喉を
すっと通り抜けていく。
ああ、気持ちいい。
喉だけではなく、
眠りから覚めたばかりの身体の中まで、
すっきり洗われていくようだった。

すると急に、風さんに逢いたくなった。
外はもう、すっかり真っ暗になっていた。
外に出ると、風さんがスルスルスル、
と私のところへ寄ってきた。

「今日はずっと
中にこもりっきりだったみたいね。大丈夫?」「うん。でもね、
なんだかお店から何度も電話があったみたい。
全然気づかずに熟睡してた。
うっかりやっちゃったわ」
今になって確認すると、
お店から3度ほど連絡が入っていた。
メールも届いていた。

そうだった。
眠る前、別の電話がかかってきていたのだ。
予約している美容院からの
確認電話だったから、
わざわざ出なくてもいいかなと思って、
そのまま音が鳴らないようにしていた。
だから、ぐっすり眠ってしまった私には、
そのあと何度電話が鳴っても
わからなかったのだ。

せっかくのお仕事だったのに。
眠っているあいだに、
ひとつのドアが、
私の前を通り過ぎてしまったらしい。

「やっちゃったなあ……」そう呟くと、
風さんが、私の頬を撫でるように吹いた。
「ドンマイ、ドンマイ」
思わず笑ってしまった。
「まあ、仕方ないわよね。
未来は書き換えられるんだから」

すると風さんも、
もう一度、私の周りをくるりと回った。
「そうよ、そうよ。
また書き換えればいいのよ。
それに、朝の歌にもあったでしょ。
もう一回、もう一回、ってね」

ああ、そうだった。
朝、耳にしたあの歌。
好んで聴いていたわけではないのに、
私の耳のどこかが、
そのメロディーを覚えていた。
耳がメロディーを拾い、
歌詞を拾い、
記憶の奥を辿って、
とうとう曲名にまでたどり着いた。
きっと、あの頃の私は、
知らないうちに何度も
この歌を耳にしていたのだろう。

『花火』。
もう一度、聴いてみた。
耳元にメロディーが流れ始める。
もう一回。
もう一回。

不思議だった。
さっきまでなら、
電話を取り損ねたことを
もっと悔やんでいたかもしれない。
けれど今は、
それよりも、
2時間ぐっすり眠れたことへの
満足感のほうが大きかった。

こんなことではいけないんだけどね。
せっかくのお仕事を、
眠っていたがために逃してしまった。

それでも、
過ぎてしまった時間を
追いかけても仕方がない。
未来は、まだ白紙なのだから。
もう一回。
その「もう一回」が、
これからやってくるのかもしれない。
それとも、明日やってくるのかもしれない。
今夜なのか。
明日なのか。
それはまだ、誰にもわからない。

だから私は、これから先の未来図を、
少しずつ書き換えながら、
あともう1時間ほど待ってみることにした。

「風さん、もう少しだけ、
あなたたちと一緒にいさせてね」
暗い夜の中で、
風さんが私の髪をそっと揺らした。
「それから、また巣の中に戻るわね」

今夜、もう一度ドアが開くのか。
それとも、静かなまま
今日という一日が終わるのか。
どちらでもいい。
だって、未来図にはまだ、
続きを描く余白が残っている。
だから、もうちょっとだけ。
風さん。私のそばにいて。