九月になった。
街にはまた、
「月見」という言葉があふれ始める。
月見の宴。
月見の料理。
月を愛でる音楽。
かつての私は、
そんな華やかな誘いに心を躍らせ、
月の夜を賑やかに楽しんでいた。
けれど、いつからだろう。
七十二候を知り、
季節は暦の数字ではなく、
風や光、草木や食べ物の中を
静かに移ろっていくものなのだと知った。
そして、月に棲むという兎の物語を知った。
それから私の月見は変わった。
大きな宴はいらない。
華やかな飾りもいらない。
すすきが少し。
月見団子が少し。
それさえなくても、
仕事帰りにふと足を止め、
空を見上げるだけでいい。
そこに月があれば、それでいい。
この月を、
ずっと昔の人も見ていた。
喜びの夜にも、
悲しみの夜にも、
逢いたい人を想う夜にも。
人は移ろい、時代は流れても、
月だけは黙ってそのすべてを魅つめてきた。
そう思って眺める月には、
華やかな宴とは違う美しさがある。
もののあはれ、とでもいうのだろうか。
そして今日、九月一日。
十五夜はまだ先なのに、
私の心はもう月を待っている。
待つ時間もまた、
月見の始まりなのかもしれない。
今夜から少しずつ満ちてゆく月とともに、
私の九月も、一日ずつ満ちてゆく。
今年はどんな心で、
一番美しい月を見上げるのだろう。
まだ見ぬその夜を想いながら――
九月。
私の月見は、もう始まっている。
月を待つ、九月🌙
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