「人」という一文字の、
なんと温かいことだろう。

たかが漢字一文字。
けれど一画目と二画目がそっと触れる、
その一点を魅つめていると、
そこに人と人とのぬくもりや
優しさまで宿っているように思えた。

今日は、この「人」を書いてみたい。
そう思いながら歩いた。

雨はいつの間にか霧雨になっていた。
傘3号を畳む。
しばらくすると、また降ってきた。
広げる。
そしてまた畳む。

いつもなら「面倒だな」と思うはずなのに、
今朝はその一つ一つまで楽しい。
雨と遊び、風さんと歩いているからだろうか。

街路樹の下へ入った。
ざさざさっ。
葉に溜まっていた雫が、
ぽたぽたと石畳へ落ちた。
足元に小さな波紋がいくつも広がった。

木々も、抱えていた雨粒が重くなったから
手放したのかな。
そう思った瞬間、心のポケットが浮かんだ。

ずっと持っていなくてもいい。
重くなったら、落としていい。
落としたものは消えるのではなく、
波紋になって広がり、新しい心模様になる。

この9日間、
私はそんな小さな波紋を
いくつ心へ染み込ませたのだろう。

中華街の四神門には、今回は逢えなかった。
でも、それでいい。
青龍、朱雀、玄武、
そしてまだ場所を知らない白虎。
次の横浜ステイで、心のままに探してみよう。

「できなかったこと」が、
「次の楽しみ」に姿を変えた。

やがて懐かしい7番出口の前に立った。
以前の私は、この階段を
「心の奥へ続く階段」のように感じていた。

地下へ降り、偶然ピアノを弾く人に出逢った。
見ず知らずの人と言葉を交わした。

今なら分かる。
あれも、人と人との何気ない接点だった。

でも今の私は、
心の奥へ何かを探しに、
わざわざ降りなくてもいいような気がする。

記憶は必死に捕まえておかなくても、
ちゃんと心へ染み込んでいる。
必要なときが来れば、
自分から光を浴びて蘇ってくれる。

それでも、ときにはまた階段を降りよう。
過去を探すためではなく、
美しい旋律や、
新しい誰かとのふれあいに出逢うために。

地下から流れてくる
温かな空気に包まれながら、
少し前の自分を思った。

ずいぶん昔の私のように感じた。
きっと毎朝、
新しい空気を心へ入れながら、
古い殻を一枚ずつ脱いできたからだろう。

そしてまた、階段を上る。
昨日までの私を置き去りにするのではなく、
そのすべてを心へ染み込ませて。
新しい今日の私として。