何度も前を通っていたはずなのに、
今日初めてその大きさに気づいた。
大通り公園のクスノキ。

空へ向かって腕をいっぱいに広げるような、
雄大で、おおらかな姿。
その木を見上げた瞬間、
楠木正成公が浮かんだ。

神戸の湊川神社で見た墓碑。
「嗚呼忠臣楠子之墓」
最後まで忠義を貫いた正成公。

その誠実さ、揺るがぬ心が、
目の前のクスノキの
どっしりとした姿に重なった。

そして今日、初めて知った『桜井の訣別』
そこにいたのは忠臣だけではなかった。
戦いへ向かう自分に
ついて来ようとする息子を帰す、ひとりの父。
そこには、
朝からずっと考えていた
「人と人とのつながり」があった。

きっと私はこれから大通り公園を通るたび、
このクスノキを見上げるだろう。
そしてそのたび「人」という文字を思い出す。

記憶は蘇るたび、新しい光を浴びる。
今日より明日。
次にこの木を見るときには、
また違う経験が重なり、
「人」という文字は
さらに輝きを増しているのかもしれない。

いいものを見た。
いいことを感じた。

そんな思いを胸にホテルへ向かった。
そして、本日最初のドアが開きました。
迎えてくださったのは、
澄んだ瞳と愛くるしい笑顔のあなた。

初めてお逢いするのに、
不思議と心がほどけた。
ソファに横並びに座る。

あなたが一画目。
私が二画目。
少し寄りかかるようにして、
ぬくもりを感じながら何気ない話をした。

するとあなたは、ぽつり、ぽつりと
自分のことを話し始めた。
亡くなられたおじいさま、おばあさまのこと。
その言葉を聞きながら胸がじんとした。

知ろうと頑張らなくてもいい。
ただ寄り添い、受け止めようとすれば、
人はほんの少し心を開いてくれることがある。

「甘えてもいいですか」
「いいわよ。いっぱい甘えて」
親子なのか、恋人なのか。
そんな名前はいらなかった。

一期一会の刹那の中で、
ただ人と人として触れ合った。
あなたを魅つめながら、
優しく守ってあげたいと思った。

そして、「また甘えたくなったらおいでね」
そう言って別れた。

ホテルを出て、再びクスノキを見上げた。
同じ木なのに、もうさっきとは違って魅えた。

忠義に生きた武将。
息子を思う父。
そして今日、ほんのひととき
心を触れ合わせた二人。

嗚呼、忠臣楠子之墓。
そう心の中で呟いたとき、
私には「忠臣」という二文字よりも、
その奥に生きていた、
ひとりの「人」が魅えていた。