8時すぎ、新大阪に到着した。

横浜を離れてから2時間と少し。
その間、私はずっと
胸をキュンキュンさせながら、
夢の世界に浸っていた。

初めて読むデジタル版のコミック。
紙のコミックなら1巻として
まとまっている物語が、
デジタルでは短いコンテンツに分かれていて、
ひとつ読み終えるたび、
すぐに次の扉が開く。

だから止まらない。
まるで短いドラマを次から次へと
観ているように、
私は『鬼の花嫁』の世界を駆け抜けていた。

新大阪に着き、
乗り換えのため駅の構内を歩く。
現実へ戻ってきたはずなのに、
目は少しチカチカして、
心はまだ物語の中にいる。

地位と名誉。財力と知力。
そして最強の能力と、
人ならざるほどの美しさ。
誰よりも強く、
怪しいまでに美しく、
恐ろしく、激しく、冷酷。

それなのに、
たった一人、選んだ花嫁にだけは、
どこまでも優しい。
そんな鬼に花嫁として選ばれたのは、
ごく普通の女子高校生だった。

なるほど。
女性が韓国の恋愛ドラマに
夢中になる気持ちが、
少しわかったような気がする。

誰もが振り返るような男性が、
平凡な女性をただ一人選び、
――俺がお前を守る。
そんな世界。

けれど私は、
実写よりも漫画のほうが
好きなのかもしれない。
そして、
おそらく漫画よりも
原作の小説のほうが好きなのだと思う。

姿が与えられなければ、
自分の想像の中で
いくらでも美しくできるから。

怪しいまでに美しい。
怪しいまでに恐ろしい。
怪しいまでに激しい。
そして、怪しいまでに優しい。

人間の世界には存在しないほどの鬼を、
自分の心の中だけに描くことができる。

物語が進み、
花嫁が敵に狙われれば、
ダメ、ダメ、そっちへ行ってはダメ。
心の中で叫んでいる私がいる。

鬼様、花嫁はあそこにいるわ。
早く助けに行ってあげて。
すっかり物語の住人になっていた。

もっとも、守られてばかりの平凡な花嫁には、
内心こうも思っている。
あなたも、もう少し頑張って。
そんなことまで思いながら
夢中になっている自分がおかしくて、
少し笑ってしまう。

さあ、ここからまた1時間と少し。
次の列車に乗ったら、
再び鬼の世界へ戻ろう。

この扉を開けてしまったことが、
良かったのか悪かったのか。
今はまだ、わからない。

ただ、横浜で現実の中を駆け抜け、
たくさん心を動かした私が、
帰り道では、
今度は物語の中で
胸をキュンキュンさせている。
それも悪くない。

心が何かに夢中になり、
驚き、
焦り、
ときめき、
続きを知りたいと走り出す。

もしかすると、
これもまた心を休ませる
ひとつの方法なのだろう。
感動という名の、リフレッシュ。

新大阪でひとつの物語を閉じて、
私はまた、鬼の待つ次の扉を開く。