予定通り自宅を出た。
お昼ご飯をまだ終えていなかった家族が、
わざわざ玄関まで見送りに来てくれた。
二人で抱き合いながら、
「ちゃんとご飯食べるのよ」と言うと、
「無理しないでね。
焦らず、慌てず、ゆっくりね」
と返ってきた。
会社の帰りにデパ地下へ寄って
自宅に戻ったものの、
残された時間は2時間弱。
その間に10月初めの会社の予定が
急に変更になり、日程調整が始まった。
いくつもの予定をあちらへ移し、
こちらへ戻し、
まるで盤上の駒を組み替えているようだった。
相手のいる予定もある。
私の独断で勝手に駒を動かすことはできない。
それでも、
ひとまずすべての駒が
思う場所へ動いたとして組み直してみる。
なんとか収まった。
ほっとして時計を見ると、残り35分。
ああ、
『鬼の花嫁』を
ゆっくり楽しむ時間なんてなかった。
それでも私はしぶとく頁を開いた。
あなたは私のことを愛してくれる?
ああ、お前ひとりを愛そう。
俺の花嫁。
何度読んでも、ここは胸がキュンキュン鳴る。
そんな私を家族があきれ顔で見ている。
あ、いけない。もう13時。
「じゃあ行ってくるね」
外は曇り空だった。
雨の気配を含んだ空気は蒸し暑く、
少し動くだけでこめかみに汗が滲む。
まだやることがある。
動かした予定をきちんと連絡すること。
そして手帳へ正確に書き写すこと。
連絡したつもり。
書いたつもり。
そんな「つもり」で何度うっかりしたことか。
だから電車に乗って席に座ったら、
『鬼の花嫁』より先にこちらを片付けよう。
ゆっくり、落ち着いて、ミスのないように。
それにしても、今日も荷物が重たい。
ペットボトルのお茶6本、
野菜ジュース7本。
冷凍ご飯はおにぎり14個分。
7日間のステイなのに、どうやら2個多い。
まあいいか。
置いて帰れば、
次に来るとき少しだけ荷物が軽くなる。
そしてもう一つ。
お昼に茹でたへぎそばの残り半分と、
小さな容器に移したそばつゆまで持ってきた。
我ながら、
食べたいものに関しては案外マメだ。
ホームに立つと、風が気持ちいい。
さっき食べたへぎそばが、
今になって
ゆっくりお腹を満たしてくれている。
やっぱり、そばはおいしい。
玄関で聞いた言葉を、ふと思い出した。
焦らず。
慌てず。
ゆっくりね。
盤上では
あれほど忙しく駒を動かしていたのに、
家を離れれば、
風さんがその手をそっと止めてくれる。
さあ、ここから横浜へ。
まだ旅は始まったばかり。
駒、風にほどける✨
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