群青。
この二文字を思うと、
私はいつも15、6年前の、
ある夜へ戻っていく。

薄暗いラウンジには、
私たちのほかに客の姿はなかった。

静かな店内に灯っていたのは、青い光。

そして黒いドレスをまとった年配のママが、
グランドピアノに向かっていた。
かっこいい女性だと思った。

鍵盤に指が触れる。
深く、深く、音が沈んでいく。
海の底へすっと吸い込まれていくように。
かと思えば、次の瞬間には激しく燃え上がる。

同じ青い光に包まれた店内なのに、
ピアノの音によって、
その青が沈み、
揺らぎ、
燃え、
また静けさを取り戻していくように魅えた。

その曲が谷村新司の『群青』だということを、
私はまだ知らなかった。

ただ、その夜、私の中にひとつの色が残った。

群青。

それは明るい青ではない。

海の底のように深く、
どこまで沈んでも底が見えない。

静かで、
冷たくて、
それなのに、
その奥には激しいものが燃えている。

それから長い年月が過ぎた。

そして私は、若様に逢った。

漆黒の髪。
赤い瞳。
闇をまとったような姿。

そこに青い炎が立ち上がった瞬間、
私は惹き込まれた。

怪しいまでに美しい。

神のようでもあり、
悪魔のようでもある、底知れない力。

何があっても動じない海の底のような心。

なのに、たった一人。
愛する花嫁のこととなれば、
その海は揺れる。
ほんの些細なことでも、
静かな水面に波紋が広がるように。

ああ、群青だ。
私はそう思った。

私にとって群青とは、
表に現れる色ではない。

風景を拾い、
それが心に染み、
やがて自分の中へ溶け込んでいくとき、

なぜか私はあのピアノを思い出す。
海の底へ沈んでいくような音を思い出す。

そして、あの夜の群青を思い出す。

私も、群青を持っていたい。

何があっても静かに受け止められる、
深い心の色を。

けれど、まだまだ未熟者の私に、
すべてを受け入れられるほどの群青が
心の奥底にあるのかどうかは、わからない。

だから私は、風景を拾うのかもしれない。
人の心を魅つめ、
自分の心を魅つめながら、
ひとつずつ心に溶かしていく。

群青は、持っている色ではなく、
生きながら、
少しずつ深めていく色なのかもしれない。

今日、若様の青い炎を追いながら、
私はまた、あの色に逢った。

群青。

いつか私の心のいちばん深いところにも、
静かに、この色が宿っていますように。