ポツ、ポツ。
雨が傘を弾く。

ポロリン、ポロリン。
いつしか雨は
遠い日のピアノになった。

父にせがまれて鍵盤に向かった
小さな乙女。
友の前で少し得意げに奏でた
あの日の乙女。

いつからだろう。
乙女の祈りが
ピアノだけの曲ではなくなったのは。

誰かを魅つめた日。
肩が触れた日。
温かな手に包まれた日。

「おいしいね」と笑い合った食卓。
言葉と言葉が重なり、
心と心のあいだに
二人だけの旋律が流れた夜。

深紅の紅葉を見上げた私もいた。

最初は緑だった。

そこへ、ほんの少し紅が差し、
また少し、
また少し。

緑とも紅とも呼べない、
名もない途中の色を
いくつも、いくつも生きてきた。

ときめきも。
熱情も。
別れも。
涙も。

誰にも見えなかった色さえ
ひとつも捨てず、
時の中で静かに熟成させながら、

やがて——
深紅へ。

燃えるようで、燃え尽きない。
消えそうで、消えない。

心のいちばん深いところに
今も熱を宿している色。

それが、
私の乙女の祈りだったのかもしれない。

そして今朝、
夏のひまわりが去った場所に
白いコスモスが咲いていた。

純潔ではなく、
私はあなたに
美麗を魅た。

いくつもの色を生きてきたからこその
美しく、麗しい白。

傘3号の雨粒をひとつ覗けば、
忘れていた乙女がひとり。

もうひとつ覗けば、
恋焦がれた乙女がひとり。

またひとつには、
涙を流した乙女。

みんな私だった。

ポツ、ポツ。
ポロリン、ポロリン。

長い時を越えて、
いくつもの乙女が
今の私へ帰ってくる。

私はそっと胸に手を当て、
目を閉じた。

何を祈ったのかは
わからない。

けれど——
心は、知っていた。

あの日も。
あの恋も。
あの温かな手も。

名もない途中の色さえも、
すべてここにある。

そして今も、
胸のいちばん深いところから
静かに聞こえている。

ポロリン、ポロリン。

私の中で
まだ終わらない、

乙女の祈り。