18時を少し過ぎて、
風さんと一緒に待機所へ戻った。

いつもの居場所にごろんと横になる。
次のご予約は19時。
それまでは晩ご飯にしよう。

今日のおにぎりは、
カレーチャーハンおにぎり。
これが意外にも味付け海苔を巻くとおいしい。
少し変わった晩ご飯を頬張りながら、
『鬼の花嫁』の扉を開いた。

アイマスクを忘れてきたけれど、
今日は必要なかったのかもしれない。
若様の世界に入り込んでいたら、
あっという間に時間が過ぎた。

それにしてもおかしい。
10月31日まで
無料で読めると思っていたのに、
いつの間にか4巻から有料になっている。
3巻までは読んだ。
4巻だって一度読んだ。
でも、もう一度読みたい。
また買っちゃおうかな。

そんな誘惑を抱えたまま、
雨の中をホテルへ向かった。
「風さん、そこにいる?」
「いるよ」
「なんだか、すごく寒い」
「今日は雨だから、余計に冷えるね」
「ねえ、私に温風を送ってくれない?」
「頑張ってみる」

ふふっ。風さん、
かわいいね。そして、

次のドアが開いた。
そこには、ずっと逢いたかった
あなたの笑顔がありました。

その顔を見た瞬間、
逢えなかった時間にため込んでいたものが
一気にあふれた。

「嬉しい」そう言いながら、
部屋へ入るより先にあなたに抱きついていた。

普段そんなことをしない私に、
あなたは少し戸惑ったようだった。
それでもすぐに笑って、
優しく包んでくれた。

冷えていた身体が温まっていく。
そして心まで、ゆっくりほどけていった。

いつものソファに横並び。
いつものように、
何も言わなくても出してくださる
サッポロ黒ラベルのロング缶。
そして私の好きなお菓子。

乾杯。

ポリポリとお菓子を食べ、
ビールを飲みながら、
逢えなかった間の取り留めのない話をする。

ときどき抱き合って、
ときどき触れ合って。

そんな何でもない時間が、とても心地いい。

そして私は、
最近夢中になっている
『鬼の花嫁』の話を始めた。
お気に入りの場面まで熱を込めて話す私を、
あなたはただ笑いながら魅つめていた。

そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。

ああ。
私が欲しかったのは、
物語の中の言葉そのものでは
なかったのかもしれない。

誰かの腕の中で、
安心して笑っていられること。

そんなことを思いながら、
また二人で話し、
笑い、
再会を喜ぶように抱きしめ合った。

けれど、時間は止まってくれない。
「このあと予定、入ってるの?」
「ごめんなさい。入ってるの。
でも……待っててくれる?」
あなたは静かに答えた。
「待ってるよ」

やがて、本当に行かなければならない
時間になった。

「あなた、ちょっと行ってくるわね」
すると、あなたから返ってきたのは、
「戻っておいで」という言葉だった。
いつものように「かわいい、かわいい」と
頭を撫でてくれるあなた。

今夜のお別れは、さようならではない。
私はこれから一度、
この温かな場所を離れる。
でも、また帰ってくる。

「じゃあ行ってくるわね。
ガウン姿で待っててね」
冷たい雨の夜なのに、
帰る場所をひとつ残してドアを出るだけで、
こんなにも心は温かい。


雨冷えて
離るるドアに
灯を残し
戻っておいでと
君は待つなり

— Morimura