忘れ物を取りに行くだけ。
始まりは、そんな簡単な用事だった。

ところが、
いざ訪ねてみれば
「預かっていない」
「何日でしたか」
「何号室でしたか」と聞かれ、

私の頭の中には
小さな「?」が次々と浮かんだ。

そんなの、覚えてないよ。
毎日の中にいろんなことが詰まりすぎていて、
少し前の日付さえ、
急に聞かれると遠い記憶になってしまう。

それなのに、
なぜか部屋番号だけは覚えていた。
そして、
私からの電話を
覚えていてくださった方もいた。

「あ、それ、ちゃんと書いてる」その一言で、
ようやく見つかった。

私のアディダス。

一週間ぶりに手元へ戻ってきた
ウィンドブレーカーを見た瞬間、
ただの忘れ物だったはずなのに
、妙に嬉しかった。

アディダスちゃん、おかえり。

雨の日も、風の日も、寒い日も
一緒だったものね。

離れている間、私、とっても寒かったのよ。

そんな再会を喜んだのも束の間、
今度は横浜駅の地下で迷子になった。

東口はどっち。
ポルタはどこ。

案内板を見れば見るほど文字が増えて、
かえってわからなくなる。

けれど、いつもの京急の改札が見えた瞬間、
あ、わかった。
まっすぐ行けば東口だ。

地図ではなく、
身体の中にある横浜の感覚が、
ようやく私を現在地へ戻してくれた。

それでもポルタへ入れば、また迷路。
フロアマップと
にらめっこしても見つからない。

結局、助けてくれたのは壁の裏側にいた
インフォメーションのお姉さんだった。

こんなときはネットより、人海戦術。

やっぱり人に聞くのが一番早い。
そうしてようやく辿り着いたお店では、
迷うことは何もなかった。

欲しい靴も、色も、もう決まっていたから。

すぐに買って、その場で履き替えた。
それまでハイヒールの中で
滑って痛かった足が、
新しいペダラに包まれた途端、
すっと軽くなった。

ああ、これ。

やっぱり私は、この靴が好き。
まるでゆりかごのような曲線。

そして、足をそっと受け止めてくれる、
ゆりかごのような履き心地。
美しくて、履きやすくて、歩きやすい。
箱の中には、
さっきまで履いていたハイヒール。
足元には、新しいペダラ。

そしてもう一足、
欲しかったボルドーと焦げ茶のような色は、
どこにも在庫がなかった。……はずなのに。

「もしかしたら、
会社の倉庫に残っているかもしれません」

まただ。

ないと思ったら、
どこかに「もしかしたら」が残っている。

昨日からどうも、
私の前では扉が簡単には閉じないらしい。

さて。倉庫の奥から、
もう一足のペダラは出てくるのだろうか。

それは、もう少し先のお楽しみ。

今はただ、新しい靴に包まれた軽い足で、

もう少し横浜を歩いてみよう。


探しもの
人の言の葉
道ひらき
ゆりかごの靴
足取り軽し

— Morimura